K.H 24

好きな事を綴ります

長編小説 分かれ身 ①

2021-10-18 03:12:00 | 小説
第壱話 芽生え

「睦美、どうにか降ろしてくれないか、俺が子育てなんて無理だ、子供は嫌いだ、嫌いなことのために金を稼ごうなんて俺にはできねぇよ、ナンセンスだ、ありえない、ありえない」

 大学を卒業して二年が経ち、三歳上の先輩とカフェ風の定食屋を始めた六田睦美(ろくたむつみ)は、身籠った子の父親にあたる実業家の古川真夜(ふるかわまや)に妊娠したことを喜ばれていなかった。

「あっそう、まぁそういうかと思ったわ、あなたの大切なものは第一にお金で次にストレスを発散する女の身体なよね、私は独りで産んで独りで育てるから、もう出て行きなさいよ、もう真夜とは関わらないから」
 睦美はこれまでに誰にも見せたことがない鬼の形相で家から追い出した。
「おう、ありがたいや」
 真夜は捨て台詞をはいた。
 
 睦美は知っていた。真夜の実業家としての手腕、事業を広げる絶妙な嗅覚を持った男だと。しかし、プライベートでの女性の扱いが悪いことも。だから、定食屋の経営や商品開発の相談等、勉強になっていたが、男女の関係は避けようと考えていた。でも、巧みに心の隙を広げられ気をゆるしてしまった。
 子供が授かったことを打ち明けるこの日が今後の人生の重大局面だと覚悟した。予想通りだった。
 遊びと分かっていて、自分自身も遊ぼうと考えてしまい、コンドームを用意していたにも拘らず、魔法のような身のこなしに、真夜を受け入れてしまったのである。ほんの少し、期待を持ってしまった。
 
「むっちゃん、大丈夫よ、私はあなたの味方、協力するわよ」

 翌日、職場の定食屋へ出勤し、協同経営者の古謝愛優嶺(こじゃあゆね)に妊娠と真夜を突っ撥ねた経緯を説明すと、温かい空気に包まれ、少しだけ残っていた不安な気持ちを消し平してくれた感覚を覚えた。

 この日は真夏日で、早い時間帯から気温が上がり、まだ、蝉が泣き止まない時間帯だった。

「愛優嶺さん、ありがとう、宜しくお願いします」
 睦美はその暑さを忘れたかのように涼しげな笑顔を見せた。

「睦美さん少し、お腹が目立ってきましたね、冬の新作のレシピ作りだけにしたらどうですか」
 定食屋の立ち上げ時に採用した、ここの地元出身で、二人の子を持つ河井美佐江(かわいみさえ)が気を利かせてきた。
「そうですよ、まだ用心しないといけない時期じゃないですか、店は自分らに任せて下さい」
 料理人の高松獏之氶(たかまつばくのじょう)も気を遣った。
「そうしてもらおうかしら、ごめんね私は子供産んだ経験ないから、ありがとね、美佐、獏さん。むっちゃんはレシピ作りお願いね」
 
 そうやって睦美は職場のみんなが常に気にかけてくれて、出産準備が捗る環境を作ってもらえた。
 
 しかしながら、睦美は仲間達に身籠った子らが一人ではないことをいえないでいた。あまりの優しさに、自分自身の失敗でこの状況を引き起こしてしまったことに、劣等さを覚えいえなかったのである。毎晩毎晩、床に着くと、真夜の顔が浮かんできて、憤りを浮かべては定食屋のみんなに迷惑をかけまいと、心を鎮めていたのだ。
 
 年が明け、三が日も過ぎ、そろそろ正月気分が薄れようとしていた。
「ああー、ぎゃー」
 定食屋の開店時間まで一時間程前に睦美の陣痛が始まった。
「睦美さん、大丈夫」
 一番に駆けつけたのは美佐江だった。壁にもたれ身体を丸くして座り込む睦美の傍にしゃがみ、右腕は俯き加減の睦美の襟足と両肩を包むように添え、左手は、お腹を抱えている右手の甲に添えた。
「むっちゃん大丈夫、美佐、陣痛なの」
 遅れて駆けつけた愛優嶺が二人に聞いた。
「はい」
 痛みを踏ん張り顔を上げられないまま、小さな声で睦美は答えた。
「おう、いよいよですか、どうしましょう、私、車出しますか」
 獏之氶は嬉しい緊急事態と、顔が緩んだり硬くなったりと戸惑っていた。
「睦美さん立てますか」
 美佐江は優しく声をかけ、一旦、二人で立ち上がり、美佐江は椅子に座らせた。
「はぁ、びっくりした、とても痛いのね、すみません、黙ってましたけど、実は六子なんです、恐らく、女四人と男二人なんです」
「えっ、そうだったの、凄いわね、とりあえず、病院行ったほうがいいわね、とてもキツそうよ、獏さん車お願いね、今日はお店、休みにしよう」
 睦美がそういうと愛優嶺は、驚くのを我慢して返事した。
 
 身支度を始めると、再び陣痛が始まった。一回目から三〇分後のことだった。そして落ち着くと、愛優嶺と美佐江は睦美が歩くのを介助し、獏之氶の車までゆっくり進んだ。
「獏さん、私達が病院に着いたら留守番で店に帰ってね、男手は要らないからさ」
 全員が車に乗り込むと、真っ先に愛優嶺は古臭いことをいい出した。
「愛優さん、獏さんもいてくれたほうがいいと思います、念のために」
「そうなの、ごめん、私の考えは古いかしら」
 全員がクスクス笑った。
「私、何でもしますから、出産に立ち合う以外なら」
 また、全員笑い、場が和んだ。
 獏之氶のハンドル捌きは睦美にとても気を遣ったものだった。陣痛を繰り返す身にはありがたいようだが、出産の経験のない愛優嶺にはもどかしいのもで、睦美と同じように体力を消耗していた。
 
「六田さん、いよいよですね、頑張りましょう」
 病院に着くと助産師の産河里美(うぶかわさとみ)が玄関先でストレッチャーを準備して待っていて、産科の診察室に案内した。
 
「産河さん、分娩室に入りましょう、六田さん、私達と一緒に元気な子供達を産みましょうね」
 産科医の町田博子(まちだひろこ)は診察を終えると産河へ指示を出した。
 
 エレベーターで二階の病棟へ上がり、産河は睦美が横になっているストレッチャーと分娩室へ入っていった。
 
「美佐、大丈夫よね、私、子供産んだことないからさぁ、むっちゃんの陣痛の時の雄叫びっていうか、凄かったように感じたんだけど」
「はい、私はあんなに叫んだ記憶がないですね、難産になりそう、ですかね」
 美佐江をも不安がらせた睦美の叫びは、愛優嶺の不安を余計に強く抱かせてしまい、両手を握りしめ、上下に動かし祈るような素振りを始めさせた。
 一方、獏之氶は我関せずではないが、初めての体験であるから、周りをキョロキョロするばかりであった。
 
 続

短編小説集 GuWa

2021-10-17 17:50:00 | 小説
第弍什肆話 音

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝キー〟

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝ここは何処〟
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝目が霞む〟
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝飛んだよな〟
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝バンジーした〟
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝水のなかは冷たいと思ったけど〟
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〝俺、どうしたんだ、耳鳴りかな〟
 
『さぁ、罰ゲームのバンジージャンプが敢行されようとしています、即飛びできるだろうか、いよいよロープに繋がれ飛び込み地点に到着しました』
 バラエティー番組の時折見られるシーン。
 
『一旦、コマーシャルです』
 
 罰ゲームを受けた俳優のロープは伸びきる寸前に引きちぎれてしまった。ヘルメットを被らずゴープロだけを巻きつけた額は水面に叩きつけられ、一瞬にして清流へ飲み込まれていった。
 
 
 
 〝誰かいるけどはっきり見えない、ん、口が動いてるみたいだ、何も聞こえない〟



 終

短編小説集 GuWa

2021-10-14 05:16:00 | 小説
第弍什参話 創
 
 台風が近づいている影響で朝から角度をつけた雨粒が落ちてきて、濃い灰色でさえ今にも落ちてきそうな低い空になっていた。
 こんな朝は普段、道が混むものである。そう考えていたクロシマヒヅルは職場へ向かう時間を一〇分早めて車で家を出た。
 クロシマの青い軽自動車は屋根付きの車庫から走り出すと、淵から垂れる集まった雨粒が屋根で音を立てていた。二、三秒ラヂオの音の邪魔をした。
 不快な顔つきでハンドルを握っていると、思ったよりも渋滞はしていなかった。何故ならば、高校生までは夏休みで、コロナ禍によるリモートワークで人出が少なくなっていたからだ。そのことに気がついたクロシマは表情を緩めていた。

「おはよう、ヒヅル、今日は早いな」
「おう、おはよう、起きたら雨だったからさぁ、道が混むと思って早く出てきたよ」
 クロシマの職場はプリントティーシャツを二人で製造と販売をする零細企業で、同級生のウエズソウタと切り盛りしている。そのウエズはいつも通りの時間に出勤してきた。
「夏休み期間だし、出勤率五割っていわれてんだから」
「すっかり忘れてたよ」
 クロシマは少々おっちょこちょいな面を持っている。
 
 二人のこの日の予定は午前中に発注がきたティーシャツを発送し、午後から二人ではあるが企画会議をする予定だ。その会議では、コロナ禍を迎えて、感染予防の促進を狙った、『マスク、手洗い、ソーシャルディスタンス』等といった単語をプリントしたティーシャツをネットショップで販売していたが、その注文が減ってきており、次なる商品をどんな形で売り出すかという話し合いをする。国からの支援金を受け取り、そういったティーシャツの売り上げで何とかティーシャツ屋を畳まずに済んでいるものの、これ以上売り上げをマイナスになると経営が保たないのだ。
 コロナ禍以前は高校生の体育祭や文化祭、居酒屋、ラーメン屋等から大口の注文があり、二人でやっていくからこそ、繁忙期を乗り越えれば、閑散期で好きなことができるサイクルを保ていた。しかし、新型コロナウイルスの脅威で多大な悪影響を被っているのだ。正に、正念場である。
 
「後二件でコロナ禍に関したティーシャツの発送が終わるぞ、テレビとかで話題になった文句を入れたやつの需要はなくなりそうなんだよ、どうするよヒヅル」
「うん、なかなかアイディアが浮かばないんだよ、俺も」
 二人はなかなかアイディアが浮かばず、お互いインターネットでコロナ禍に関する記事を片っ端から検索した。
 
「ウィズコロナ、アフターコロナかぁ」
 ウエズは頭を掻きむしって、天を見上げた。
「ソウタそれだよ、これまでのデザインは感染予防に関する視点でデザインを考えてたけど、時間は進んでんだよ、ウィズコロナ、アフターコロナの視点で考えて行けばいいんじゃないか」
「そうだな、コロナ禍のフェーズは変化してんだよな、でも、どうするよ」
「文字を使ったデザインじゃなくてさ、俺たちの気持ちを何かで表現するんだよ、イラストでもいいし、そう、暗闇にポツンと一点だけ輝いてる光の玉を置いてさぁ、コロナから解放される光が見えてきたって感じな表現だと、ウィズとかアフターに繋がるじゃないか、俺たちの気持ちを表わせば」
「なるほどね、それいいなぁ、っていうか、それしかできねぇんじゃないかなぁ」
 二人の思考は動きだし、デザイン画を作り始めた。
 
 クロシマとウエズは三つずつデザイン画を作った。
 クロシマは黒い生地でそれを着て心尖部辺りに日の丸のような赤い円を書き込んだものと、襟の周りから太陽フレアが降り注ぐもの。三つ目はビッグバンのようにティーシャツの中央から光が放射状に飛び散るデザインを書き上げた。
 一方のウエズは一つ目に駐車禁止の道路標識のなかにαとδのギリシャ文字を書き入れたマークを白地にランダムに散りばめたもの。二つ目は、ティーシャツの背中に〝COVIDー19〟にバツ印を上から書き込んだデザイン。三つ目は、ティーシャツの裾に草木が茂る地上を書き、天使の輪がついた無数の〝COVIDー19〟が天に召されるデザインを書き上げた。
 
「いいんじゃないの」
 クロシマとウエズは互いのデザインへそのひとことだけだった。
 二人のデザインは趣きが違っていたが、素直に認め合った。 
 ネットショップでは、クロシマのティーシャツに〝コロナ禍終焉の光を探せ〟と、タイトルをつけ、ウエズのティーシャツは〝コロナ感染を止めろ〟とし、売り出すことにした。
 そして、売上の一部をコロナ感染に携わる医療機関へ寄付をすると明言した。
 
「ソウタ、買ってくれるかなぁ」
「俺たちの気持ちが表現できたから、売れるかどうかは気にしないようにしようや、俺たちよりも苦しんでる人は沢山いるはずだからよ」

 二人は、今までの仕事よりも満足感を覚えてた。誰もがこんな状況から早く逃れたいわけで、コロナ禍に便乗して儲けようとは思えなくなった。多くの人達の気持ちを表現できたかもしれないと思いたいだけになった。
 
 終

短編小説集 GuWa

2021-10-11 03:46:00 | 小説
第弍什弍話 群
 
 砂糖を溢したことに気づいてないと、いつのまにか蟻が群がることがある。
 それは、役割分担した蟻のなかで、人間が勝手に働き蟻とカテゴライズした蟻達の仕業である。
 働き蟻が運んだ砂糖は巣に運ばれて女王蟻、これも人間の勝手な命名なわけだか、その女王と女王を世話する蟻、巣を整備する蟻、女王が産み落とした卵からふ化したまだ役割を持てない蟻達への食料となる。
 すなわち働き蟻は、蟻達の生死に関わる重要な担い手だということである。
 
「大丈夫だっていってるじゃないか、大学には余る程、金があるんだよ、君にもこれまで以上に回せるから、俺の言う通りやればいい、書類を書き直させる事務方にも金は握らせてるんだからな」
「はいはい、頃合いを見計らってるだけですよ、トリイさんを信用してないわけじゃないでいすから」
「じゃあ、なんでそんな、前はトントンって進めてたじゃないか」
「おかげ様で昇進したんですよ、だから会社のなかでの動き方も変わったものですから」
「そうだったね、サクラ君昇進したんだったな、じゃあ昇進祝いで、君に回す金、上乗せしようじゃないか」
 サクラの目論みは怪しまれなかった。
  
 このトリイという男は、ある大学の学術研究促進室の長であり、直接、学生教育には携わらず、かつ、大学のなかの重要な部署とは位置づけられず、教授会の直下の部署である。しかしながら、裏では学長の直接的な駒で、事務部門より格上の位置づけが成されていて、学長と共に私腹を増やしていた。
 実際には学長と新規事業、例えば、高額な研究機器の購入や研究施設の改装、影響力のある研究者の入職や客員教授としての辞令を出す時等は、密会し、学長へ金が流れるように、若しくは、立場が揺るがないような施策を企てていた。すなわちトリイは学長の右腕的な働きをしており、大学上層部の均衡が学長に有利な形をつくる担い手である。
 一方サクラは、学校法人の運営コンサルト会社に勤務しており、学校運営の経済面を改善させる手腕に長けている。トリイとサクラは自然に距離が縮まっていった。いわゆる、類は友を呼ぶといった具合で互いに距離を縮め仕事をするようになっのだ。
 
「室長、経理の経費管理担当主任のカタヤマさん、落としましたよ」
「仕事が早いね、イイダさんは」
 トリイと秘書のイイダが学術研究促進室が開設された頃の会話である。
「それでですね室長、落とすのにかなりお金が必要だったんです、彼女はレズビアンでですね枕営業的になってしまってて、まぁ、彼女の秘密を握れたので仕事はスムーズにいくと思うんですが、次の私のお手当、考えてて下さいます」
「弱みを握れて安泰じゃないか、でも、実際の仕事は君がしっかり教え込まないと、成果を出さないことにはなぁ」
「やっぱりそうなんですか、私は嫌なことをしてるんですよ、少しは今すぐ」
「ハハハ、そうかい、嫌いだなんて、沼にハマるんじゃないぞ」
 トリイは一万円札を五枚、財布から取り出してイイダに手渡した。
「すみません、無駄遣いが嫌いなものですから」
 トリイの側近達は金に群がる者ばかりである。
 
「サクラ先輩、ひとりだけ出世してトンズラですか、僕の協力はもう要らないのですか」
「サガリ、早い追い込みだな、大丈夫、お前の協力なしに仕事は進まんさ、地位と環境が変わったばかりなんだ、これまでみたいに直ぐ仕事を始められないじゃないか、わかるだろ」
「そりゃ先輩の都合でしょ、俺の都合とは違うんですから、蓄えから少し回して下さいよ」
「まぁそうだな、一〇本でいいか、とりあえず」
 サクラとその手下のサガリとの会社エレベーターでの会話だった。
 サクラの協力者は歳下であるが、シビアな関係性だった。それが信頼度を高めていた。
 
「サクラ君、体制はどうかね、こっちは明日にでも学長の稟議が降りるぞ」
「大丈夫ですよ、研究施設の新築って凄いですね、それとトリイさんとこの大学は強いですね、ありがたいですよ、機材を入れる会社だけでも懐が充分温まるのに、ゼネコンまで巻き込むなんて、ウハウハじゃないですか」
「だから、狙っていたんだよ、うちの大学は学生や卒業生も金を持った家柄で、運動部は何人もオリンピアンを輩出してるからな、俺は武者振るいが止まらないよ」
 サクラが調査した研究施設の新築に関わる様々な大企業はほぼ全て汚点があり、日々それを隠蔽する活動を行っており、裏金を学長へ回させる手筈は簡単なものだった。まるで、そらに必要な金を前以て準備してるかのような状況だった。合計すると、一〇億円もの金が学長の懐に入り、その中から三億円がトリイへ、更に、そこから一億円がサクラに下りることになった。
 しかし今回は、それが逆転してしまうことになった。正確には、サガリが一〇億円を分取り、サクラと四億円づつ山分けし、二億円しか学長とトリイには入らないことになったのだ。
 
「トリイ君、どういうことかね、何故、君の手下達が金をすくめたんだ、そいつら許さないぞ」
「すみません、甘くみてました、あの連中を、こちらの急所を握られてしまいました」
 学長は怒りが頂点へ達していた。
「トリイ君、私はね、金額じゃないだよ、あんな雑魚に出し抜かれたことに怒りを覚えるんだよ、お前が何とかできんのか」
「すみません、今回ばかりは私の手に負えかねます。」
「私には君が必要だ、君には奴らが必要かもしれないが、新しい兵隊を探すんだな、私の力を思いしらせてやるまでだ、今回は一億で目を瞑ろう、次は失敗するんじゃないぞ」
 
 数週間後、学長はサクラとサガリへヒットマンを送った。
 数ヶ月後、サクラは高層ビルから飛び降りたように、左右の靴で遺書が押さえられてる痕跡をそのビルの屋上に施し、サガリは山奥のダムの貯水池へ身を投げたように見せかけ、そのダムへ向かうためと考えられる車のなかに遺書を残す手筈を取った。二人は、多忙により心を病み、自らこの世と訣別した形で遺体となってみつかった。また、トリイは命に別条はなかったものの、精神病院へ長期入院することとなった。
 
「イイダ君、君がトリイ君の後任だ、宜しく頼むよ、もう老後の心配はないな」
 学術研究促進室の室長になった、カタヤマと二人で学長室で辞令を交付されたイイダはそれを受け取りながら、学長の声を受け止めた。
 
 人間は蟻と違い、必要以上に糖蜜に群がるようである。
 蟻と同じように、命がけで群がるようだ。その、命がけという意識を持たないままに。
 
 終

短編小説集 GuWa

2021-10-07 14:07:00 | 小説
第弍什壱話 理

 我々の身体機能は科学的に解明されていない、もしくは、解明できないことが多い。その技術が未発達で、疑問に感じる点すら発見できていないかもしれない。
 特に、身体の一部に痛みが生じると、個々によってその感覚の捉え方は千差万別で、大きく分けて価値があるか否かの色眼鏡越しに判断しようとする。
 また、痛みは、それに限らず、疑問を抱いた事柄の原因が分からないままでいると、不安を生み出し、心を乱す根源になるといっても過言ではない。更に、その不安は悪循環していく。
  
「やばいよ、病院行って来て、レントゲンとMRIとってもらって、首の骨なんけど、頸椎がね、骨と骨の間の隙間が狭いんだって、それでね、頸椎牽引してもらったら余計に痛みが酷くなってきた、どうしよう、あの病院やばいと思うんだけど」

 トモコが妹と二人暮らししているアパートに戻るや否や、テレビを見て寛ぐ妹のサトミに八つ当たりでもするような勢いで、処方してもらったロキソニンと胃薬を鞄から取り出してテーブルに並べた。
「顔こわ、酷いことされたの」
「病院から出てね、タクシー拾って何気に後ろを向いたら首に響いたの、そしたら痛みが元に戻るどころか、余計に強くなってきたのよ、困ったわ」
 トモコは期待外れな表情をサトミに見せた。
「薬も効きやしない、あのヤブ医者めぇ」
 薬を服用して、一時間が過ぎようとしていた。
「お姉ちゃん、良くなりそうにならないの、お店のお客さんなんだけど、凄い人がいるの、その人に連絡してみよっか」
「何よ凄い人って」
「ママがね、腰が痛い時に立った状態で施術してね、魔法みたいに痛みが消えたの、名刺もらったから連絡しよっか」
 サトミは一ヶ月前に、勤めているスナックの常連さんが連れてきた、物静かだけど優しい笑顔のママの腰痛を瞬時に消し取った男性から名刺をもらったのを思い出した。
「カミテイットクさんって名前」
「誰でもいいわ、この痛みを取ってくれるのであれば」
「もしもし、カミテさんの携帯ですか……はい、はい…はい、はいはい、大丈夫です…はい、一時間以内ですね、宜しくお願いします。」
 サトミはトモコの症状を話し、最高額で一万円になる場合があるのことを了承した。その間、痛みがでない横向きに寝て、首が傾かないように枕や巻いたタオルを利用して頭の位置を脊柱の延長戦上に保って、休んでいるようにアドバイスを受けた。
「あら、サトミ、この姿勢とても楽だわ。カミテさんって何者」
 トモコは痛みのない世界へ戻ってこれた。
 
「こんにちはサトミさん、ご無沙汰です、先日はお世話になりました」
 玄関へサトミが迎えに行くと、カミテは携帯電話の会話でいっていた時間よりも早く、トモコらの部屋に到着した。サトミはあの笑顔を見れて安堵した。
 
「お姉ちゃん大丈夫、カミテさんいらしたよ」
「あ、痛っ」
「そのままじっとしてて下さい。カミテといいます。もしかして整形外科にいって酷くなりました、首の右側ですね」
 カミテはリビングを通り過ぎてトモコの部屋に入る途中、テーブルの上にある二種類の錠剤が束られているのを目にしていた。
「はい、そうです。」
 トモコは小さな声で悲しそうに、かつ、詐欺にでもあったかのような後悔の念を漂わして答えた。
「ベッドに上がらせてもらいますね。失礼します。」
 カミテはその声を聞くと一瞬、悲しい表情を浮かべたが、躊躇なくベッドに上がり、トモコの背後に位置した。
 
 先ずは、トモコの腕を持ち上げ、肩関節との感覚的連結を外さないように動きを止め、それが確認できると自分の右肘と脇腹でトモコの手関節を挟み、空いた両手を肩口を包むようにあてた。右手は前面、左手は肩甲骨まで包んでいた。
「首、頸椎から肩甲骨に向かってる筋肉を動かしますね」
 カミテは益々、優しい声になった。
 すると、その両手は肩口を頭の方向に近づけるように、肘で挟んでるトモコの右腕も一緒に動かすように、背中の真後ろに膝を曲げて着いた左足と腰辺りに着いた右膝の間の体重移動を利用して動かした。肩口が頭に近づくとトモコの身体はビックっとした。
「少し痛みが出ました」
「はい、僅かですが」
 カミテはこれを繰り返した。そうしているうちに肩口が耳の上辺りまで動かせるようになった。
「痛みませんね、さっきいった筋肉が硬くなってたようです、筋肉自体の硬さと痛みを避けるための硬さが入り混じってます。こんな場合は、筋肉はその部分を止めておこうとするので、身体の右側は全体的に動きにくくなってると思います、なので、右の股関節の動きを見させて下さい」
 カミテはトモコの持っていた右腕の肘を曲げて、右手で脇腹に置き、肩口がグラグラしないようにその間左手で押さえてた。脇腹に置いた右腕が落ち着くと、トモコの太腿の後ろまで下がり、左手は骨盤を押さえ、右手で、右膝の内側に手を当て右脚を持ち上げて、身体の前後方向にゆっくり動かした。
「股関節の前の方の筋肉、こちらです、これが硬くなってますね、これも痛みを避ける身体全体のバランスをコントロールするように硬くなってると思います。」
 カミテは後ろへ右脚を動かして、股関節前面の筋肉の張りを伝えた。また、さっきと同じように繰り返した股関節の前後方向の動きを繰り返した。
「だいぶ緩みました」
 そういうと、下になってる左脚の膝を曲げて、お腹へ近づけて、右脚は軽く膝を曲げ、股に枕を三個噛ませて、右脚とベッドとの空間ができないようにした。
「首に戻ります」
 次にカミテは、頭な上へ回った。上になっている髪の毛の生え際から肩甲骨に向かって触り出した。
「今、僕が触ってるところが硬くなっていた筋肉です、筋肉自体の緊張が高いのか、硬くなり過ぎて浮腫があるのか、周りの筋肉の状態もみていきます、浮腫があればそれを散らします。」
 左手は頭頂部に軽く当て、右手の指の腹で、生え際から肩甲骨までの筋肉に振動を与えたり、押したりと、細かい操作を行った。
「良かったですね、浮腫は酷くないです、すぐに散ってくれました、大丈夫ですか」
「すみません、所々眠ってしまってて」
「じゃあ、ゆっくりでいいので、起きてみて下さい」
 トモコはその時、凄く心地よく、もっと触られていたいと感じていたが、起きないといけないことで我にかえった。
「あれ、痛くないです、えぇ、なんで」
「お姉ちゃん、さっきより目が大きく開いてるみたい」
 トモコと同じくらいサトミも驚いた。
「はいはい、トモコさん、首を左に傾けて、痛くないですね、右に傾けて下さい」
「あ、動く、でも最後だけ少し」
 更に、トモコとサトミは驚いた。
「お姉ちゃん、首動かせてなかったよね」
「じゃあトモコさん、両手を万歳して下さい、頭の上で手を交差させて、手の甲同士をくっつけて下さい、両腕は耳の後ろがいいですね、はい、そうです、下ろして下さい」
「痛くない、全く痛みがありません」
「もう一度同じように両手をあげて、手を交差させて甲を合わせてぇ、そのままの状態て、僕の動きを真似して下さい、先ずは見てて、左側のお尻に体重をかけまぁす、戻して、右のお尻に体重をかけてぇ、これ、できますか」
「左からですね、戻して、右へ、できてます」
「そうそう、上手いです。五、六回くりかえしてぇ、はい、ゆっくり手を下ろして膝の上です、首どうです」
「左に傾ける大丈夫、右は、あっ、最後も痛くありません、凄い凄い」 
 トモコは満面の笑みを浮かべ、両目ともパッチリ大きくみひらき、潤みだした。
「トモコさん、朝起きてから今のように五、六回やって下さい、仕事中は空き時間にね。仕事が終わって家に帰ってきたら、また、五、六回、そして、湯上がりにもやって下さいね、一週間続けて下さい、当分、痛みは出なくなると思います。」
「先生、私もやっていいですか」
 トモコの部屋の机の椅子に腰掛けたサトミは、そういいながらその動きを真似ていた。
「問題ないですよ」
 カミテはサトミが喜ぶ笑顔を向けた。カミテ自身はそれを知らずに。
「トモコさんお仕事のストレスが多いんじゃないかと思いますが」
「はい、IT関連の会社を立ち上げたばかりで、半年になります」
「そうなんですね、じゃあこの運動続けて下さいね、トモコさんはお忙しくて、毎日、同じようなパターンの身体の動きが続いてると思います、両手を上げることで、身体の前面が伸びます。その状態でお尻の上で体重移動をゆっくりやることで、身体の中に重心線を落として動くことになりますから、余分な力が抜けます、動くってことは筋肉の余分な緊張を低めてくれるんですよ、今回の首の痛みは、いろんなバターンで日々身体を動かすことが減っていたってことだと思います。お気をつけてお身体大事になさって下さいね。今日はこれくらいにしましょう」
「あっ、ほんとに一万円でいいんですか」
 サトミが忘れていたように慌て出した。
「サトミさんがお支払いするのでしたら、僕は受け取れません、サトミさんに施術したわけではないですか」
 二人は一瞬ポカンとした。
「ああ、私にやってくれたからね、私が払います」
「ありがとうございます、僕は施術された方が、僕にされてどんな感覚だったか、僕にいわれた運動までが大切なことなんだって捉えてもらうために、こうさせて頂いてます、それで、トモコさんはあの運動を続ければ、当分の間僕の施術は必要ないと思いますので、また、新たに何かあれば、ご連絡くださればと思います、宜しくお願いします」
 カミテは二人に笑顔を見せた。
「はい、分かりました、二時間近くもありがとうございました、ところで、カミテさんは何か資格をお持ちなんですか」
「はい、大した資格ではありません、国家資格ですか、資格を取った後に、治療しながら沢山勉強しました、それで、人間の身体は良くなるように自ら働くことが分かりました、逆に、僕は治すことができないことも分かりました、つまり、トモコさんの身体が意識下で良くなろうとしていることを周りの人間が邪魔しないようなことができるようにするのが僕の仕事です、お医者さんは治してあげないとって思ってしまいます、それがまとを得たことできなくなる要因と思います。人の身体は科学的に解明されてないことは沢山あります、今後、解明されないで人類が滅亡する可能性のほうが高いと思います、とても難しいです」
 
 トモコとサトミ姉妹は人間の身体の神秘さを実感できたような気がしていた。しかしながら、カミテが何の資格を所有しているのか、分からないまま帰してしまった。そのことには気がつかずに。
 
 終