香湧水(澤口 宏行)

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聖書の親しみ  「『ヨブ記』をよみなおす」から

2015年09月04日 20時23分35秒 | Weblog
こんばんは!

ようやく何ヶ月ぶりかで、祈りの日課を、果たせるようになった。

何ヶ月と言うよりも、事実上は、何年ぶりかで・・・。

やはり、人間の脳は、弱い・・・努力を、していても、様々な悪事情で、祈りや聖書読書をしないと

ごく普通の?コンビニにあるアダルト?(本当に大人の意味)雑誌や週刊誌で、過激でないように見えても、その影響を強く受けて、

今ならば、問題なく、「それらは、神の前に、全く、相応しくない」と判断できるのに、全く不倫が、不倫に見えなくなり、恐ろしかったと思った。

実際に、興味本位から、記述や、画像を、自分自身に置き換えてしまう・・・これは、そもそも、政治、風俗、様々な、特別記事に於いて、

出版社が、意とし、購入読者も、意とするところでもあろうとやっと気付く・・・。

かつては、業務遂行の推進力のためと、苦渋の選択のつもりが、自分自身の霊性には、一番良くなかったと思える。

過ぎた数年が、残念であるにしても、様々な職業遂行上、勉学遂行上、対人的な会話のすれ違いを、恐れた自分自身が、悪かったと思う。

やはり、私が、思うに、神は、「人としての、恐れによる不合理な考え・行為」を忌み嫌う事が、

実際の神の御心の現実として、真実として存在する事を、悟らなければならないと思う。

これからは、全てにおいて、知的に、さわやかに生き、人々との関係も、さわやかであるように、神に、自分の力を、いただくよう願いたい。

そして、結婚すること、家庭を築くこと、そして、子供と共に、仕事と祈りと公教会活動に貢献することを、祈り求めて、信じたい。

Pietro Francisco Xavier Francisco Hroyuki Sawaguti

(名前の後ろには、ピリオドを、付けないとの事、英語の時間が、昔のため、長い間の変則に、気付かなかった許しを、願いたい)

**********『ヨブ記』を読みなおす***********

2  不幸のどん底につき落とされたヨブ

  幸福の絶頂にあったヨブにも、不気味で不幸な試練が、徐々に彼にせまっていました。

まず彼は、豊富な財産を次々と失います。

しかしそれでも彼の信仰は、まだ微動だにしませんでした。

財産をすべて失っても、ヨブは、毅然とした態度で、「わたしは裸で母の胎を出た、裸でそこに帰ろう。

主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と公言しけっして神を非難することはありませんでした。

*******本日の転記はこれまで********