テレビなどを見ていて、高齢者にレポーターが年齢を尋ねたときに
高齢者が「いくつに見える?」と答えてることがよくありますよね。
そう言う人は自分は実年齢より若く見えると思っていて、「若いですね。」と
言ってほしいからなんですよね。
あれって、同じ高齢者の私なんか、人のことながらも、なんか妙な気分に
なります。
実際に年齢がわかって、見た目どおりではないか、いやもっと老けてみえるよ、
とツッコミたくなります。
人は幾つから年寄り(老人)なのか、世代により感じかた、見え方が違っていて、
線引きが難しいですね。
私は団塊世代の人間で、このブログもシニア(日本ブログ村)に登録して
いる。外見は年相応の容姿である(他人から見れば老けて見えるかも?)
ものの、ただ精神的にはまだ年寄りだと思っていない自惚れがある。
これが年寄りの証? 嫌ですね。
年寄りの証拠として、老人は自分を老人だと思っていない、自分に都合の
悪いことは聞えないふりをする、耳が遠くても悪口だけは聞こえる、
自分勝手で相手の話を聞こうとしない等々があるらしい。
年寄りの冷や水に注意して暮らしていきたいものです。
[付録]
老人語を知ってますか? (老人語読み)
よき昭和時代の高度成長期頃、お爺さんが外出する時の一コマです。
おーい、今日は旗日(祝日)だから活動写真(映画)でも観てくるよ。
外は冷え込んいるようだから、このジャンバー(ブルゾン)とチョッキ(ベスト)
では寒いかもね。
月賦(ローン)で買った、舶来品(輸入品)の外套,オーバー(コート)を
着て行くか。あー,それから下に着るメリヤス(ニット)も用意してくれ。
高齢者が「いくつに見える?」と答えてることがよくありますよね。
そう言う人は自分は実年齢より若く見えると思っていて、「若いですね。」と
言ってほしいからなんですよね。
あれって、同じ高齢者の私なんか、人のことながらも、なんか妙な気分に
なります。
実際に年齢がわかって、見た目どおりではないか、いやもっと老けてみえるよ、
とツッコミたくなります。
人は幾つから年寄り(老人)なのか、世代により感じかた、見え方が違っていて、
線引きが難しいですね。
私は団塊世代の人間で、このブログもシニア(日本ブログ村)に登録して
いる。外見は年相応の容姿である(他人から見れば老けて見えるかも?)
ものの、ただ精神的にはまだ年寄りだと思っていない自惚れがある。
これが年寄りの証? 嫌ですね。
年寄りの証拠として、老人は自分を老人だと思っていない、自分に都合の
悪いことは聞えないふりをする、耳が遠くても悪口だけは聞こえる、
自分勝手で相手の話を聞こうとしない等々があるらしい。
年寄りの冷や水に注意して暮らしていきたいものです。
[付録]
老人語を知ってますか? (老人語読み)
よき昭和時代の高度成長期頃、お爺さんが外出する時の一コマです。
おーい、今日は旗日(祝日)だから活動写真(映画)でも観てくるよ。
外は冷え込んいるようだから、このジャンバー(ブルゾン)とチョッキ(ベスト)
では寒いかもね。
月賦(ローン)で買った、舶来品(輸入品)の外套,オーバー(コート)を
着て行くか。あー,それから下に着るメリヤス(ニット)も用意してくれ。
悪いことは聞えないふりをする、耳が遠くても悪口だけは聞こえる、
自分勝手で相手の話を聞こうとしない等々があるらしい。
確かに、そうですね。自分も気を付けたいと思います。母や姑を見ていて、年をとるって哀れだと思うのは、体が思うようにならなくなること以上に、そういった性格上の下降を見つけた時です。
自分の年を卑屈に感じることなく柔軟に、相手の話を受け入れて考え、都合の悪いことも聞こえるように生きたいと思いました。
「自分の年を卑屈に感じることなく柔軟に、相手の話を受け入れる…」 同感です。
自分でできることは自分でやり、愚痴っぽくならず、いつも笑顔でいたいと思っています。
ある説によると「夢を失った時から老人になる」とも言われている。
「夢と希望を持っている人は」老人ではないのだ‥。
見た目は老人風であっても「何かをやり遂げたいなどの夢があれば」
いつまでも青年なのだ。
私は今年後期高齢者になった。でもやりたいことは山ほどある。
だから「老人」だなんて考えたこともない・・
いつまでも「夢と希望を持ち続ける」こと、本当にそうだと思います。
年長者が培ってきた知識と経験を若者に伝えることが大切で、そのためにも
日々若々しく行動していきたいですね。
今のカタカナの氾濫した会話には、もうついていけません。
「活動写真」とか「舶来品」なんて、いい響きのする日本語ですよね。
古き良き日本語をもっと使っていきたいです。
それ以外よくわかります。
私も老人の入口に来てます。
柳川地方は「のも」「かんも」が入りますね。
そうですね、お年寄りは古き日本の良いところを若者に伝えていきたいものです。
若い人の前で試しに外套、舶来品など昔言語を使うと受けます。
カタカナ語には無い日本語の響きが、心地よく感じるのでしょう。
柳川の方言「のも、かんも」、 今では若い人は使わないと思いますが、年長者は話してますね。
柳川の言葉は大切にしていきたいですね。
作ってます。
http://homepage1.nifty.com/daisaku/hougen.htm
ご覧下さい
良いホームページを作っていらっしゃいますね。
方言集の中の方言は両親、祖父母などもよく話していました。その時の会話が
目に浮かんできて、あらためて懐かしく、故郷の温かさを感じています。
ありがとうございました。