ホタル
マハティールさんが15年ぶりに首相に復任された、92歳。
その高齢にもかかわらず、建国以来はじめての政権交代を成し遂げ、意気軒高。まさに人生百年時代の快挙であり、70歳定年制を望まれて止む無く引退した日本の政治家の誰それは 歯ぎしりをされたことかもしれない。
あのとき。
クアラルンプールの伊勢丹の店内で、現役の首相が一人の付き添いをエレベーターのところにとどめ、わたしたちと話をしていた店長のそばに来られてふたことみこと、私たちとも握手を交わされ店内を一巡。来店の顧客にも声をかけ、幼児を抱き上げ母親とも話を交わして、付き添いを促して電梯に消えた、その間十数分か・・・。店長は週一ペースか、よく来ていただいています、気にかけてくださっていてありがたいことです、とのことだが、その気さくな物腰に感服した。
そのむかし シンガポールに旅したとき日帰りでマレーシアに入境したこともあるが、昼食時に時折顔を合わす同じビル内のマレーシア観光事務所の所長にそのことをつぶやいたのが藪蛇になり、最近の我が国を見てくださいと懇望され仲間を募り出かけたのがいまから20年前。なんともカビくさいおはなしで恐縮だが、行くとなると侃々諤々 そのむかし東インド会社がときの酋長から譲り受けた?というペナンに第一歩を印し、マレー鉄道で首都クアラルンプールに向かうことになった その五泊六日の旅。
ペナンのジョージタウンに二泊。
一七〇年間のイギリス統治の後独立したマレーシアのなかでも当地は華人住民の比率が高く、香港のリゾート地を思わせる。
対岸のバタワース駅から始発のオリエント急行でクアラルンプールまでの6時間余り、途中10回ほど停車したがひたすら高原地帯や谷間を走り続けた。さもありなん 元は山あいで採取したゴムや錫を港まで輸送するために敷設されたもの、いまはバンコクやシンガポールにも通じている由。
クアラルンプールに到着後、お伺いしたのが冒頭のシーンになるのだが、ここで伝授されたご当地豆知識は次のようになる。
人口は日本の五分の一、マレー人58%(イスラム教)、華人31%(仏教、道教、キリスト教)、インド人10%(ヒンズー教)の、マレー人主体の三民族・多宗教国家であることは薄っすらと感じ取れたが、スルタンを元首とする連邦制立憲民主国家であるとは初耳であった。
民族・信教により祝日・休暇日が異なり、小売業としてはその人事管理が一番頭痛の種とは・・・国民祝祭日の定まった国から見ればなかなか実感に乏しいが、店長もいろんな民族の祝祭日が重なって従業員の三分の一以上が有給欠勤に遭遇してはじめてその人事管理の難しさを痛感された、とか。
翌朝 スルタンの王宮を訪ねた。
ホテルから車で十数分 数年前には新王宮に移転して、いまは外観のみの見学になっている由だが、当時は門も開放され邸内の芝生で寛ぐスルタン家族の姿が垣間見られた。
言ってみれば連邦制とはむかしの小王国(首長国)の集合体~13州の内スルタンのいる9州の互選が建前であったが、いまは五年任期の輪番制で国王を選出、退任すると王宮から離れて自州に戻る慣習になっている由。来てみなければわからないシステムである。
マハティールさんも下院で首相に選任され現国王のムハマド五世の認証を得て就任されている。
一夜 郊外の“ホタル観光”に出かける。
ときは2月の初旬だがそこは常夏の国 二千種のホタルが毎夜さながらクリスマスのイルミネーションのように照り映えていたが、小型船で約30分上流から下流へと往来しながら・・・その華やかさには疲れてしまった。個体の寿命は3ヶ月ほどのことだが、日本の蛍狩りのような雅趣はない。ついついアニメ「火垂るの墓」の冒頭シーンが瞼に浮かび、思いはこの地でも展開されたあのときの虐殺事件につながる。
マハティールさんは前期20余年の施政のはじめには“ルック・イースト”を唱道、恩讐を越えて日本との経済交流に力を入れ、ときには日本の対外姿勢に苦言も呈されてきた。
先日東京で開催された第24回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)の基調講演にマハティール首相が登壇、「日本や韓国、中国から多くのことが学べる」と語り、「マレーシアは小国。米国ほどの大国が貿易を制限する中、小国が完全な自由貿易を行うのは難しい。ゴルフをプレーするとき、実力に応じてハンディを付けるように、立ち上げ期にある産業には一定の保護を与えることが公正な競争に必要だ」と述べておられる(『日経』6月11日夕刊)。
あのとき マハティールさんと握手をしてから20年近くになる。
あのとき 彼が着ていた長袖のシャツ・バテイックは現地ではフォーマルなよそおいだが、シルクのあのひんやり感は夏の暑さを忘れさせる。
今年は久しぶりに取り出して、夕涼みに着てみよう。
あの池のそばの竹藪付近で ホタルのサインが見えるかもしれない。
(2018年6月13日 記)
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