「優しい人」―月曜日を待ち焦がれてー 2017年06月16日 20時26分02秒 | owarai 一週間のうち三日間、わたしたち はその部屋で生活を共にした。 当時わたしが忌み嫌っていた言葉 でたとえるなら、まるで「夫婦」 のように。 わたしは引っ越してしばらくして から学習塾の事務員を辞め、自宅 でできる添削の仕事を始めた。 週に二回だけ一、二時間程度、添 削し終えた答案用紙を持参し、仕 事の評定を受け、次の仕事をもら うため会社に出向いていけば良か った。 月曜日と火曜日。優しい人はわたし の部屋から出かけていき、わたしの 部屋に帰ってきた。50ccのバイ クで、駅からまっすぐに。灰色の川 を渡って。 水曜日の朝、優しい人はわたしの の部屋を出ていくと、その夜は 戻ってこなかった。 優しい人はわたしの知らない場所 で一晩泊まって、木曜日の朝に 再びわたしの部屋に戻ってきた。 木曜と金曜日。優しい人はわたし の部屋から仕事に出かけていき、 わたしの部屋に帰ってきた。け れども金曜の夜、わたしの部屋で 二時間足らずの時間を過ごしたあ と、知らない場所に去っていった。 そして優しい人は二日間、わたし の部屋に戻ってこなかった。 わたしはいつも、いつも月曜日を 待ち焦がれていた。 火曜の朝から夕方までは、格別に 楽しった。優しい人は夕方から 始まる塾の授業に合わせて、わた しの部屋を出ていけば良かった。 わたしたちは番(つがい)の小鳥 たちのように、躰を寄せ合って 過ごした。 優しい人がわたしのそばにいると きには、何もかもがうまくいく、 という希望を抱くことができた。 すぐに消えてしまう、儚い希望 だったけれど、それゆえに、それ は美しい希望だった。 わたしはこれからも、優しい人 のこれからも、何もかもがきっと、 うまくいく。わたしはいつか、 晴れて、一緒になれる。必ずそう いう日がくる。そう思うことが できた、月曜日。 子どもがふたりとも大きくなっ たら。 成長して、すべての事情をきち んと理解できる年齢になったら・ ちゃんと説明して理解してもらう つもりでいるから。 そのとき、下の子はまだ一歳半か ら二歳か、そこらだった。だとす ればわたしが待つのは、十数年間 ということになる。 「大丈夫よ。ずっと待ってるから」 と、わたしは言った。「必ず待てる。 約束する」。 待てると信じていた日々は、確かに あった。そう信じる以外に、わたし のできることはなかった日々でも あった。 わたしたちはきっと、いつか、 一緒になれる。 こんなに好きで、 こんなに気が合って、 こんなに求め合っているのだし、 こんなに・・・・
「恋におちて」 2017年06月16日 20時15分18秒 | owarai 覚えていませんか。 恋って痛いもの。 ひりひりして、 熱が出て、 食欲がなくなって、 あの人のことばかり考え、 携帯握りしめ、 来るはずのないメールを、 チェックしたり・・・・・・。 苦しくて、 惨めで、 吐き気さえする。 それでいてめくるめく ように幸福で、 淋しくて。 一体私はどうしてしまった んだろうと涙ぐんだり。 それが恋では・・・。 「あなたが大切だから、 わたしたちの恋が 大事だから・・・・」 セックスを遠ざけると 心が結ばれる。 一方、もしかしたら 二度と携帯が鳴らない かもしれない・・・・・。 セックスを断ったら それっきりってことだって あるのだ。 でも、 それならそれでいいんじ ゃない? その程度の男なのだから、 かえって別れた方が身の ためだったかも。 彼はあなたに恋をしていた わけではなく、 ただサカリがついていた だけかも。
「結婚したい人」 ブリュー・ミュージアム SAKU 店長コラム 2017年06月16日 11時19分37秒 | owarai 【コラム】 彼の描いた空を眺めていると、 その空に浮かぶ、白い雲にな れそうだと思った。 彼の描いた海を眺めていると、 海原に舞う、一羽のかもめに なれそうだと思った。 彼のそばで暮らせるならば―――― ふたりで一緒に歩いていけるなら―――― わたしは草原を渡る風のように、 野山に咲く花のように、 いつも自由で幸せでいられると 思った 彼は―――― わたしが生まれて初めて、 結婚したいと思った人だった。 63体のビスクドールを展示 野沢93番地十二町 ぴんころ地蔵通側 ~柳田二助商店~ ℡0267-62-0220 『創業122年』
「さよならは悲しくない ほんの少し淋しいだけ」 ブリュー・ミュージアム SAKU 店長コラム 2017年06月16日 04時43分34秒 | owarai 【コラム】 泣くだけ泣いて、空っぽになった 心に何が残るだろう。 本当に不思議なことだけれど、それ までとは違った思いがふっと空っぽ の心に舞い降りる。 「ありがとう」 そんな思いが、舞い降りる。 たとえつらい恋だったとしても、 恋人だった人への感謝で心は 満たされる。 そのような気持ちに行き着くまで、 何日かかるのか、何ヶ月、何年 かかるのか。 とても感謝なんてできないと思う 恋もきっとある。 でも、それでいい。いつか気持ち が溶け出すことを信じて。 終わった恋に「ありがとう」が 言えたとき、別れは決して悲しみ だけではなかったことを知るだろう。 別れの淋しさを思うとき、私は 『ライ麦畑でつかまえて』の 最後を思い出す。 恋とは違うけれど、「あいつらが 今ここにいないことがたまらなく 淋しい」と、主人公は思う。 そう、今ここにあの人がいない ことは淋しい。 でもそれは、悲しみとは違う。郷愁 にも似たせつなさなのだ。 63体のビスクドールを展示 野沢93番地十二町 ぴんころ地蔵通側 ~柳田二助商店~ ℡0267-62-0220 『創業122年』
「優しい人」―女の予感― 2017年06月16日 00時00分13秒 | owarai 「もう行かなきゃ、遅れてしまう」 と、言うのはいつもわたしのほう だった。優しい人が上りの最終電 車に乗り遅れてしまうことを、心 配していたわけではなかった。 「もう行かなきゃ、遅れてしまう」 台詞(せりふ)を、わたしは優しい 人の口からは、聞きたくなかった のだ。 それから、玄関のドアが開いて、 ドアが閉まる。駐車場で、優しい 人がバイクのエンジンをかける 音がする。今夜は絶対に見送る まい、と、心に決めていても、 バイクのエンジン音を聞くと、 わたしは転がるようにベラン ダに出て、バイクに乗って去 ってゆく優しい人の姿を見送っ てしまう。優しい人は二階を 見上げ、ベランダに立っている わたしに向かって、手を上げる。 優しい人はそのとき、どんな顔 をしていたのだろう。わたしの 目は涙で曇っていたから、優しい 人の表情は見えなかった。 優しいに人に、わたしの顔は、 見えていたのだろうか。 その夜、いつものように打ち捨 てられたわたしは、いつもと違 った行動に出た。 裸の上にコートを羽織り、財布と 鍵だけをポケットに入れ、素足を ブーツに突っ込んで、部屋を飛び 出した。 川を渡る前から、わたしは車を 捕まえるために手を上げていた。 急ブレーキの音がして、個人タク シーが止まった。わたしの目の 前で、ドアが開いた。 「山科駅まで。急いで下さい ますか」 「はい」 駅の構内にはまだ、優しい人が いるはずだ。ゆっくりとホーム に入ってくる最終電車を、優しい 人は待っている。優しい人が電 車に乗ってしまう前に、 どうしても会いたい。一瞬だけで も会えたら、それでいい。会って 「おやすみ」と言えたら、それで いい。そうしても、そうしなくて はならない。今夜は。 「このへんでええすか?」 「はい、ここでいいです」 わたしは走った。死に物狂いで 走った。 優しい人は売店のそばに立って いた。見えたのはうしろ姿だった。 わたしに背中を向けて、優しい人 は電話をかけていた。黄緑色の 公衆電話だ。 優しいが 電話をかけている! どこへ? どこへ? どこへ? 心臓が止まりそうになった。 「これから帰るよ。今、電車が 来たから」 そんな声が今にも聞こえてきそう で、わたしは思わず両手で耳を 塞いだ。 「あなた」 「お、どーした。何があったか」 優しい人はそう言った。思わず口 をついて出た、というような言い方 だった。 優しい人はそう言った。思わず口 をついて出た、というような言い方 だった。 「会いたかったから」 と、わたしは言った。 「もう一度、会いたかった――。 もう一度会って――――」 わたしの声はかすれていた。呼吸 も荒かった。頬には乾いた涙が こびりついていた。 「おやすみなさいが言いたくて」 優しい人が何かを言おうとする よりも先に、電車のドアが開いた。 反射的に、優しい人は電車に乗って しまった。 電車のドアが閉まった。 優しい人を乗せた電車は走り出した。 わたしはホームに取り残された。 何も変わらないのだ、と、わたしは 思った。優しい人の世界のなかにお いて、わたしはその一部に過ぎず、 わたしの世界のなかにおいて、優しい 人はすべてだった。 永遠に重なりあうことのないふたつ の世界。 世界と世界を切り分けて、渺 々(びょうびょう)と横たわる桟橋 のない海。深夜の駅で、胸の奥から 大量の血を流しながら、わたしが 目にしたものはそれだった。