出張先がたまたま有名な米ど
ころで、駅前の食堂で食べた
米のうまさに驚いたことがある。
こんなにコメはうまいものなの
か、と思った。
かくべつ舌に自信があるほうで
はないから、その町の米屋で米を
みやげに買って帰って、友人にも
わけて食べてみてもらった。
うまいもの好きの友人が、やはり、
驚いていた。香り、味、色つや。
炊きあがった米粒が、ひと粒ひと粒
ぴんと立っているのだった。かみ
しめながら考えた。
これは、どういうことなのか。
よく、昔の米はうまかった、という。
味の記憶はたよりない。米の専門家
にたしかめてみた。
試験場で昔のままの肥料で、全く今の
農薬を使わない米を作っている。
それが、食べくらべてみると、今日の
米どころの最上の米より、はるかに
うまい。
ひと口ふくんで、昔の米の格段の味の
よさがわかる、という話であった。
もしその通りだとすると、舌が馬鹿
になってしまったらしいのは都会の
人だけではない、ということになる。
米どころの農民は、それに気づいて
いるのか、どうか。
すべては時の流れであるかも知れない
けれど、米の国の味のふるさとが
荒れていくのを見るのはかなしい。