空になったグラスを手に、あなたは
ベットから抜け出して、裸足でキッ
チンへと向かう。溶けかかっている
氷の山にウオッカをつぎ注ぎ足した
あと、思いついて、生クリームを
少しだけ、加えてみる。
「意外だと思われるかもしれませ
んが、ウオッカみたいな強いお酒
と生クリームって、相性がいいん
ですよ。美女が生クリーム、野獣
がウオッカでしょうか」
いつだったか、どこかのバーで
飲んでいた時、若くてハンザム
なバーテンダーが、
「試作品ですが、よろしければ
どうぞ」
と、差し出してくれたカクテル。
名前は忘れてしまったけれど。
ひと口含んで、舌の上で転がす
ようにして味わいながら、あなた
はその場面を思い出す。
そうだった。私はあの夜、学生
時代の友人、純子と一緒に飲ん
でいた。どこから、そういう
話しになったのか、前後のいき
さつは覚えていないけれど、
私たちはふたりで「不倫談義」
に花を咲かせていた。
「不倫なんて、絶対にいやよ。
断じて許せない。不倫している
人とは友だちでいたくないし、
できれば仕事も一緒にしたくな
いわね。だって、なんだか心の
底からその人を信頼できない気
がするもの。それに、誰かを裏
切ることでしか手にできない恋
なんて、悲し過ぎる」
鼻息も荒くまくし立てた私に、
アメリカから一時帰国した女
はふんわりとベールをかぶせる
ように言った。
「そうね、私もそう思う。悲しい
恋は、できればしたくないなって。
でも、そうは思っていても、思って
いるからこそ、人は時々、思ってい
ることとは正反対のことをして
しまうこともあるものよ。
あなただって、いつか・・・・・」
私は女の言葉を明るく笑い
飛ばして、そのつづきを遮った。
「馬鹿なこと、言わないでよ。そん
なこと、私には金輪際、ありえない
わ。あるわけないじゃないの」
そう言って、会話の糸をそこで
断ち切ってしまった。
けれども今、あなたは痛いほど、
認めている。友だちが言っていた
ことは、正しかった。
もしかしたら彼女にもそんな経験
があったのだろうか。
好きになってはいけないと
思っているからこそ、好きに
なってしまう。まるで自分の
人生からしっぺ返しを受けて
いるような、
あるいは、ふいに自分の人生
が宙吊りになってしまったよ
うな状態に、もしかしたら
あの頃、陥っていたのだろうか。
彼女も、今の私と同じように。
声が聞きたいと、あなたは思った。
切実に、彼女と話しがしたい、
今こそあのつづきについて、語り
合いたい、と。
アメリカ東海岸は今、何時なの
だろう。思いながら、あなたは
グラスに残っていたお酒を飲み
干した。