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小説『隠し女小春』

2022年06月07日 22時54分52秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

「隠し女」は、「かくしめ」と読む。

大手出版社で校閲者として働く矢野聡(あきら)には、
誰にも言えない秘密があった。
横浜・黄金町のギャラリー「人形(ひとがた) 」で出会った
ハンガリー製のラブドール小春と名づけ、
一緒に暮らしているのだ。

ラブドールと言っても分からないかもしれないが、
ダッチワイフと言えば分かる方も多いだろう。


主に男性がセックスを擬似的に楽しむための
実物の女性に近い形状の人形。
特に皮膚に相当する部分がシリコーンなどで作られ
感触や形状が実物の女性に近い高価な人形を指す。

聡の場合、疑似セックス目的というよりも、
ベッドで小春の体を弄びながら話しかける日々。
精神安定剤的な効果で眠りをもたらしてくれる。

彼は、偶然目に留めた雑誌の記事に導かれて
ラブドールと出会い、
共に生活するうち、
それまで悩まされていた不調や不安が解消され、
深い眠りと安心を手に入れるという、
得難い経験をした。

聡はラブドール専門のメイクアップアーティストを雇い、
その顔を聡好みに変えてもらう。
小春は凄絶な美女に変身する。

聡には、愛人がおり、
女性バーテンダー・鵜飼千賀子との性的関係が
月1度くらいの頻度で続いていた。
千賀子は、以前に出演料目当てでAVに出演したことがあり、
たった1本の出演だったが、
評判が高かった。
客の一人から、その前歴を脅迫され、
関係を迫られたあげく、
その男性を殺したりもする。

もう一人、女性が登場する。
映画字幕制作者の茜屋恭子で、
千賀子の店で出会い、
肉体関係に発展する。

実は、恭子は聡のマンションの向かいに住んでおり、
別のところで聡に会って以来、
聡の動向を探るために、
向かいに移転してきて、
双眼鏡で聡の生活を盗み見つつ、
接触の機会をうかがっていたのだ。

(このあたりは、ヒッチコックの「裏窓」のよう。)

千賀子の店に聡が出入りしていることを知るや、
店の客となり、
聡が訪れる日、隣席に座り、
聡と知り合いになったのだ。
恭子は、知的な魅力の持ち主で、
聡の心を掴み、ついに結婚まで決意する。

そこで障害が二つある。
一つは千賀子との関係の清算。
もう一つは小春の処置。

実は、小春は人形でありながら、
意志を持つようになり、
聡と会話をするようになっていたのだ。
はじめのうち、
聡の幻想のように描かれているが、
やがて、それは実際の描写になり、
聡の可愛がっている金魚を手にかけ、
マンションを出て外を歩くようになる。
聡と千賀子の関係も後をつけて確認していた。
ベッドルームに置いてあったので、
恭子の双眼鏡での監視にはひっかからなかったのだ。

恭子のことを小春に
「これまで会ったことのないタイプだな。
時々胸の鼓動が速くなった」
と話したことから、
小春の嫉妬心を誘う。
しかも、その女を千賀子と勘違いして、
階段から落とすことまでしてしまう。

というわけで、
恭子の結婚のさまたげになる千春の処理を巡り、
最後はホラー的な展開になる。
黄金町のギャラリーに返品しても、
戻って来てしまう。
ついに、聡は山奥に小春を連れていって、
首吊りにしてしまうが・・・

その後の恐るべき展開。
映像化したら、さぞ面白い映画になるのではないか。
誰が小春役をやるかが問題だが。

芥川賞作家の辻原登の作品。
76歳になって、このような作品を書く。
いや、76歳だから書けるのか。
「文学界」に2020年から21年にかけて連載し、
この5月に単行本化。
「文学界」に掲載されたのなら、
純文学?
それらしい感じはあるが、
ずっと読みやすい。

生命のないはずの人形に心が宿る。
しかも、凄絶な美女で、モデル体型。

ラブドールについて、蘊蓄(うんちく)が語られる。


生(人間)を探求するより、
死(人形)と親しむことに執着する欲望の普遍性。
小春の名前は、
近松門左衛門の「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」の
ヒロインの名前から付けた。


人形浄瑠璃からだから、
そこにも人形と死の親近性が匂わされている。
それだけでなく、
字幕制作者が出て来るから、
映画の字幕についての蘊蓄も豊富。
実際の店やレストランが頻繁に登場する。

西部邁のエッセイ中の言葉。
もとはチェスタトン(イギリスの作家、批評家、詩人、随筆家) 
の言葉らしい。

「人生をよいものにするのは、
一人の良い友、
一冊の良い書物、
一つの良い思い出、
そして一人の良い女」

 



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