[映画紹介]
先のアカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・
撮影賞・編集賞・オリジナル音楽賞と
主要7部門を制覇した作品。
(13部門ノミネート)
「原爆の父」を描いていることから、
日本での公開があやぶまれたが、
ようやく日本の観客も映画館で観ることができるようになった。
↓がオッペンハイマー。
この作品、一筋縄ではいかない。
まず、構成。
一つは、オッペンハイマーの学生時代から描き、
原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の委員長として、
核兵器開発を成し遂げるが、
大変な殺人兵器を作ってしまったと罪悪感に苦しむ姿。
一つは、1954年、共産党員の疑いで
聴聞会にかけられ、失脚するまで。
もう一つは、オッペンハイマーを追い詰めた、
ルイス・ストローズが
1959年の聴聞会で
敗北するまで。
この3つの時系列が錯綜する。
しかも、かなり頻繁に。
ただ、3つ目の部分は、
ストローズ側の視点で描かれるため、白黒画面となっているので、
区別が付きやすい。
1と2は、カラーだが、
内容的に、
区別がつきやすい。
その3つをちゃんと把握していれば、
混乱なく観ることが出来るだろう。
いずれも、オッペンハイマーという人物を描くには
欠かせない部分なので、
省略せず、
しかも、時系列を交錯させる
というのが、本作の芸術的なところ。
ただ、1は日本との関わりがあるので身近に感ずるが、
2と3は、アメリカの政治がからむので、
ちょっと分かりにくい。
2で、1954年、オッペンハイマーを、狭い部屋に押し込めて、
大勢で取り囲んで尋問しているのは、
冷戦下、アメリカ社会に吹き荒れた赤狩り
(ソ連=共産主義とつながりがある者を追放する嵐)の影響下、
オッペンハイマーは水爆の開発に反対していたため、
それがソ連を利することとして、スパイの容疑をかけられた。
妻、弟、かつての恋人が共産党員だったことがあり、
オッペンハイマー自身も過去に共産党の集会に出席していたことを
根掘り葉掘り尋問される。
聴聞会は、具体的には、
オッペンハイマーが国の機密情報にアクセスできる許可や資格を
取り消すためのもので、
核関連の機密情報に触れられないということは、
研究を続けられないことを意味するので、
事実上のキャリア終了を意味する。
3の白黒画面で描かれる公聴会は、
1959年、アメリカ上院で、
ストローズが「商務長官」(日本の経済産業大臣) 指名に
ふさわしい人物かどうかを審査するもの。
公聴会では、適性、経歴、政策への理解などを検討するが、
途中から、1947~54年にオッペンハイマーを危険視した理由
について質問が集中する。
当時のオッペンハイマー糾弾の黒幕がストローズだったのではないか、
というわけで、
オッペンハイマーがらみの人物が沢山登場する。
ストローズは、戦後のアメリカ原子力委員会の委員長。
オッペンハイマーをプリンストン高等学術研究所の所長に抜てきし、
原子力委員会にも迎え入れる。
プリンストン高等研究所を訪れたオッペンハイマーは、
ストローズの過去を引き合いに「卑しい靴売り」と発言したため、
ストローズは「卑しくない」と表情をこわばらせる。
また、その後、オッペンハイマーはアインシュタインと池のほとりで会っており、
アインシュタインがストローズの顔も見ずに、無視して去ったため、
ストローズは二人が自分のことを中傷していたのではないか、
と疑いを抱く。
その後、ストローズが水爆の開発を推し進める一方で、
オッペンハイマーは水爆に断固として反対し、
2 人の仲は徐々に、しかし確実に悪くなっていく。
その背景に、ストローズのオッペンハイマーに対する劣等感があった、
というのが、クリストファー・ノーラン監督の見解。
俳優陣は準備のために「アマデウス」を観たという。
モーツァルトとサリエリの対立構造を参考にしたというのは興味深い。
プロメテウスの話がたびたび出て来るが、
プロメテウスは、ギリシャ神話に登場する神。
神々の意志に反して天上の火を人類に与えたために、
ゼウスによって罰せられ、
岩に鎖でつながれて、
大鷲に肝臓を食われてしまう。
オッペンハイマーは、人類に火=原爆を与え、
罪悪感や苦悩に縛られた人生になった。
本作の原作書籍のタイトルは
「American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer 」
(アメリカのプロメテウス:ロバート・オンペンハイマーの勝利と悲劇)で、
オッペンハイマーを「アメリカのプロメテウス」と表現している。
本作中、最も緊張感あふれる場面は、
やはりニューメキシコの砂漠での
原爆実験のシーンで、
爆発によって
空気が連鎖反応で核分裂を起こして、
“大気引火”現象が起こり得ることへの危機感が背景にある。
また、実験が昼間ではなく、
夜間だったことは、初めて知った。
すると、よく目にする
家のリビングに置かれたマネキンが吹き飛ばされるなどの
実験映像は、別な実験のものか。
実験成功の後、日本の都市に落とすかどうかの部分も緊迫の展開。
爆弾を積んだトラックが出発する場面は、ゾッとする。
トルーマン大統領とホワイトハウスで初対面した際、
「大統領、私は自分の手が血塗られているように感じます」と語り、
トルーマンは、「あの泣き虫を二度と呼ぶな」
と側近に言う。
なお、オッペンハイマーとアインシュタインが、
池のほとりで何を語ったかは、最後に明らかになる。
オッペンハイマー役を演じるキリアン・マーフィ、
スローンズを演ずるロバート・ダウニー・Jr. 、
オッペンハイマーの妻を演ずるエミリー・ブラントは、
さすがの演技で、
他に実力者俳優が沢山登場する。
マット・デイモン、フローレンス・ピュー、
ジョシュ・ハートネット、トム・コンティ、
ケネス・ブラナー、ケイシー・アフレック、
ラミ・マレック、ゲイリー・オールドマンと
オスカー級の顔ぶれが並ぶ。
常に音楽が流れ、
ホイテ・バン・ホイテマの撮影も見事。
私は1回目は普通劇場で、
2回目はIMAXで鑑賞した。
(もちろん、シネマサンシャインで。
しかし、全編IMAXで撮影したわけではなく、
パナビジョンで撮影した映像がかなりを占める)
科学的発見と道義的責任のジレンマ、
科学の成果が兵器としては利用される恐怖、
等、現代が抱える問題が浮彫りにされる。
オッペンハイマーの罪悪感は理解できるが、
ナチとの開発競争の真っ只中にあり、
戦争は殺し合いなので、仕方ない面もある。
ただ、3・10の東京大空襲も
広島・長崎の原爆投下も
実際は戦争犯罪だ。
オッペンハイマーは、その後、名誉を回復、
1965年、咽頭がんの診断を受け、
手術を受けた後、放射線療法と化学療法を続けたが効果はなく、
1967年2月18日、62歳で死去した。
関連映画「アインシュタインと原爆」についてのブログは、↓。
https://blog.goo.ne.jp/lukeforce/e/6fe7b807dd151e0c5cb2155291476c6b
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