[書籍紹介]
宮部みゆきの、ごく初期の作品。
中学1年生の緒方雅男の家に
弁護士が訪ねて来て、
とんでもない話がもたらされる。
伝説の相場師・澤村直晃が亡くなり、 天涯孤独のため、
そのままだと財産が国庫に納められてしまうところを、
公正証書遺言で、その遺産が
雅男の母・聡子に遺贈されるというのだ。
その額、5億円。
それは、20年前、聡子が住んでいたアパートの隣室にいた
澤村が、抗争で撃たれたのを聡子が介抱して
命を助けた恩に報いたいというのだという。
そのことが報道されると、
雅男の家は大騒ぎに巻き込まれる。
借金の申し込み、寄付の要請だけでなく、
マスコミの攻勢にもさられ、
雅男一家は転居を余儀なくされる。
その上、
聡子と澤村の仲を疑った父との間で離婚騒動さえ持ち上がる。
雅男は、親友の島崎俊彦と共に、
聡子の昔のアパートの跡地を訪ねるなどして、
20年前の事件についての真相を探り始める。
というわけで、5億円のお金が突然「降って」来た
庶民を巡る騒動を描く。
話は広がり、
意外な形で決着するのだが・・・
この本が書かれたのは1991年。
33年前だと、いろいろなことが
今と違うことが分かる。
まず第一に、まだ携帯電話が普及する前だということ。
もし携帯電話やスマホがあったら、
後半の展開は、全く成立しない。
当時の連絡手段として、電話を探さなければならず、
電話しても、本人が不在なら、それ以上の連絡は無理。
連絡手段がないことが後半の展開には不可欠なので、
今のように一人一人携帯電話を持っていては成り立たない。
携帯電話の存在が映画や小説の世界を一変させてしまった好例である。
次に、マスコミの扱い。
5億円の遺産相続を受けたことが
新聞などで報道されて、騒動になるのだが、
今なら、マスコミは個人名などは報道しないだろう。
ちょっと違うが、
「一億円拾得事件」がある。
1980年4月25日、
銀座の道路脇で
日本銀行の梱包のままビニール袋に入っていた
現金1億円入りの風呂敷包みを一般人が拾い、
拾得物として警察に届け出た。
落とし主が申し出ないまま6か月が経過したため、
拾った人のものとなり、
拾い主・トラック運転手のOさんは実名で報道され、
一躍時の人になった。
一方で自宅には電話や手紙が殺到し、脅迫も受けたため、
警備員を雇って自宅を警備し、
17年勤務した会社も退職。
所得税約3400万円を納付し、
残りの金でマンションを購入した。
今なら、実名報道は控えるだろう。
次に、誘拐事件の身代金の支払い。
5億円は母親名義で預金されており、
父親の裁量で引き出されるが、
今なら、そんなことは不可能だろう。
まして、銀行の営業時間外にするなど考えられないし、
宝飾店の対応もこんなにスムーズにはいくはずがない。
第一、宝石を巡る有名人同士のトラブルが
計画の中に入れるのは無理というものだろう。
というわけで、時代的な変化で
不思議に思う点があるが、
それ以外にも、
最後に明らかになる事件の背後の事情は
いくらなんでも、という印象。
また、散弾銃巡る話も不自然で、
大切なものを車内に置いて、
鍵もかけずに車を離れ、
車内のものをを主人公が拾う、
という展開は、あまりに偶然すぎていただけない。
それでも作品として成立したのだから、
当時の出版界は、まだ甘かったのかも知れない。
今なら、校閲者が指摘して、改変せざるを得ないだろう。
ただ、やはり宮部みゆきの
ストーリーテリングは初期から際立っており、
すいすい読み進める。
島崎少年の推理が冴え、
親友「島崎君」シリーズとして続編が書かれた。
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