七夕の翌日、九州は梅雨明けし、強烈な日差しが照りつける夏がきた。
最高気温の数字だけを見れば、熊本よりも高いところは他にもある。
名古屋や多治見、あと埼玉や群馬のほうだったっけ。
だけどその景観から、夏が始まると一気に熊本は南国チックなムードになる。
熱いけど、私は熊本の夏はけっこう好きかも。その暑さが。夏の色彩が。
人がいても構わず、「あぢー」とひとりごとを言いながら歩く。それはどこか「快感ー」と同義で。
暑いからこそ映えるこの風景だと思ったりもする。
特に有明海や不知火海の海沿いの県道を走ると、街路樹はヤシの木、海の蒼、空の青、赤やオレンジの強い色の花。
退屈すると時々車を走らせてひとりでいく三角のカフェに、文庫本を持って行った。行きは有明海沿いの道。
貨物船のぽぽんぽぽんという音、涼しい潮風の流れてくる木陰、店内に流れる音楽。お気に入りの場所だ。
文庫本を読みながら、聴こえてくる近くの席の会話を聞くともなく聞いていた。
その女性は心霊体験の話を長いことしていた。金縛りにあって、幽霊に「邪魔するな!」と言われたこととか。
彼女にとっては日常茶飯事のことであるらしい。連れの女性は「ふーん」「へえー」と相槌をうっていた。
青い海と貨物船の中で聴こえてくる心霊体験の話はちっとも怖くなくて、そのうち、別の席の初老男性の、
さらに大きな声にかき消されてうやむやになった。男性は、「人間とは」「結婚とは」について熱く語っていた。
私は潮風が心地よくて、何度もうとうと船を漕いだ。この、あまりにもなんでもない時間。幸せすぎる。
ちびのカマキリと、ちびのスズメを見つけた。ちびのスズメには親スズメがせっせと餌を運んでた。親は偉いな。
カフェを出て、ひとけのない港におりた。とんびがぴーひょろー と鳴きながら旋回していた。
帰りは不知火海沿いを走り、道の駅であさりと豆アジを買った。
不知火。演歌かなにかで聞いたことはあった言葉。なんて幻想的で、おどろおどろしくて、ドラマチックな言葉なんだろう。
夜の海に浮かぶ漁火を連想する。
でも海岸沿いの道からみる不知火海は、どこまでも干潟が続いていて、
ヤシの木やジャングルチックな緑に覆われ、柑橘畑があり、デコポン屋さんがある。
おどろおどろしさとはどこか異質な、長閑な海辺の風景なのだった。
きのこさん、・・・我が子、若葉が昨日の朝、とうとうお空へ旅立ってしまいました。
苦しくて、でも頑張って、とっても苦しくて、それでも必死に生きて、だけど、息が続かなくなってしまって。
最後に、小さく尻尾を振って、主人と私が傍にいるとき、息をひきとりました。
物静かな子だったけれど、姿がどこにも見当たらない今、違和感を感じて、私は必死に若葉の名前を呼びます。家の至るところを、探します。だけど、どうしても、見つからないのです。どうしていないのか、わからないのではなく、わかりたくない自分がいるのです。
我が子を失った苦しみは、永遠に消えないけど、若葉が病気の苦痛から解き放されたと同じように、いつか苦しみが薄れ、若葉との幸せだった日々だけに思いを寄せれるようになれると、信じています。
本文の内容にそぐわないコメントとなったこと、お許し下さい。
ご冥福を心からお祈りいたします。
若葉ちゃんは、くまくまさんからいっぱいの愛情をもらって、とても嬉しかったですね。
いまは痛みや苦しさから解き放たれて、虹の橋をわたり、
仲間たちに囲まれて走りまわっていますね。
すぐには無理だと思います。
それに急がなくてもいいと思います。
たくさん思い出して、たくさん泣いて、ゆっくりと元気になってください。
若葉ちゃんもくまくまさんのはじけるような笑顔が、一番好きだったと思いますよ