まさおレポート

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「イングローリアス バスターズ」を観る

2012-04-01 | 映画 絵画・写真作品含む

かつて一度観かけたことがあるが、ナチスの頭の皮をはぐシーンやバットで撲殺するなど、そのあまりのえぐさに途中で観ることを放棄した。今一度見始めて見るとタランティー監督の独特の感覚に魅かれて最後まで観てしまった。

エマニュエル・ミミューやブリジット・フォン・ハマーズマークを大画面で見るとその存在感と迫力に引き込まれる。SSに家族を殺され、ハンス・ランダ大佐の気まぐれで逃げ延びたエマニュエル・ミミューがナチスに対して行う壮絶残虐な復讐劇だ。彼女の復讐劇だけでも立派に面白い映画になりえるし、評価の高い映画になったと思えるのだが、タランティーノはそれでは月並みなナチスものになると思ったのかどうか、米軍のアルド・レイン中佐率いる8人のユダヤ人兵士の残虐非道な振る舞いをストーリーの主軸に持ってくる。このアルド・レイン中佐率いる8人のユダヤ人兵士の残虐非道な振る舞いを盛り込むことで一挙にナチスの悪道を描いた他の映画と一線を画すものに仕上がっている。

人間は理由さえつけばどこまでも残虐になりえる。それはナチスばかりではない、それに対抗する人間にも残虐非道ぶりが発動される。・・・これがこの作品のテーマではないかと。なるほど、このテーマを訴えるにはエマニュエル・ミミューがナチスの大幹部たちを映画館に閉じ込めて鍵を閉め、焼き殺すという残虐な復讐だけでは足りない。アルド・レイン中佐率いる8人のユダヤ人兵士の殺人そのものに快楽を求める残虐非道な振る舞いがストーリーに必要であることが納得できる。


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