まさおレポート

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グレイ湖紀行 ハイライト9

2025-03-10 | 紀行 チリ・アルゼンチン

ピンゴ川に架かる吊り橋を渡り、最終目的地のグレイ湖へと向かう。この吊り橋は一度に6人までしか渡れない決まりで、係員の合図を待って慎重に進む。足元は木製の板が敷かれているが、歩くたびに大きく揺れ、思わず足を踏ん張る。眼下に流れるピンゴ川の水は灰色がかって速く、吊り橋の頼りなさに少し緊張するが、それもまた旅の醍醐味である。橋の先には、いよいよグレイ湖が待っている。

 

 

グレイ湖の畔でランチタイムにする。目の前にはパイネ・グランデの最高峰クンブル・プリンシパル(3,050m)が堂々とした姿でそびえ立ち、その手前の湖面にはグレイ氷河から流れ出た大小の氷山が浮かんでいる。この氷河は南パタゴニア氷原へと繋がっており、深い青さを帯びた氷の塊が静かに漂っている。パタゴニアの風が頬を撫でる中、自作のサンドウィッチとピクルス、リンゴをかじりながら、この風景を目に焼き付けた。

空に夕暮れの気配が立ちこめる。夜のとばりがパタゴニアの広大な大地を静かに包み始めると、湖も山並みも次第にシルエットとなってゆく。旅は一日の終わりに近づき、心は静かで穏やかな感動に満たされるのだった。

入り組んだノルデンスコールド湖は、まるで迷路のように水をたたえ、その静かな水面がパイネの切り立った峰々を映し出す。雄々しい岩肌と繊細な湖面が見せる対比は、パタゴニアが秘める自然の美しさと厳しさを語りかけているようだった。

グレイ湖からパイネ・グランデを望む。花崗岩の白と堆積岩の黒が鮮やかに見える。

パイネ国立公園の象徴である『クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)』を眺めながら、ツアーの一日は過ぎていった。朝7時半スタートで、すべて見終わったのは夕方4時半。同行者はアイルランドのカップル、アメリカの女子大生二人組、イギリスから来た女性の一人旅客だった。アイルランドとアメリカの旅行者たちは我々と同様、世界を巡る旅を始めたばかりで、どの国が良かったかをしきりに尋ねてきた。

アマルガ湖でフラミンゴを見た後、公園内のロッジへと向かう。ところが、途中から公園内のホテル用の乗り合い小型バスに乗り換えたのは私たちだけであった。草原をひたすら進むが、どこまで行ってもロッジらしい建物は見えてこない。不安になりガイドに何度も確認するが、彼は笑顔で答えるだけである。

「大丈夫、この先の三叉路で降りて待っていてください。ロッジの車が迎えに来ていますから」

彼の言葉を信じつつ、広大なパタゴニアの草原の中にあるという「三叉路」へと向かった。

ようやく辿りついた三本道には、農夫らしきおじさんが待っていた。他のツアーメンバーに見送られ、羨ましがられつつ、小さなトラックの荷台にリュックを放り込み、我々は「ロッジ・セロギド」を目指した。見渡す限りの荒涼とした大平原を、ぽつりぽつりと羊の群れを横目に進む。道らしい道すらない孤独な土地を突き抜けていく間、出会う人影はただのひとりもなかった。

30分ほど走っただろうか。ふと草むらの中に野ウサギを見つけ、しばしその愛らしい姿に見入っているうちに、前方の小高い丘にロッジの建物が見えてきた。送ってくれた農夫に礼を言い、レセプションへと入るが、スペイン語しか通じない女性が困った顔でこちらを見る。やがて英語の話せるスタッフが現れ、無事チェックインを済ませることができた。夕食は7時半からだと告げられ、まずは部屋へ向かうことにした。

チェックインを済ませ、一息つこうとレストランへ飲み物を摂りに向かうと、窓の外では思いがけない自然のスペクタクルが幕を開けていた。空を覆う雲は黄金色に染まり、裂け目から射し込む光は、まるで稲妻のように力強く、地上に降り注ぐ太陽光線は神々しいまでの美しさであった。その光景はかつてバチカンで目にしたミケランジェロの『天地創造』の背景を思わせ、自然が創り出す芸術にただ息を呑むばかりだった。

雲の流れは驚くほど速かった。ついさっきまで黄金色の光が踊っていた空は、瞬く間に厚い雲に覆われてしまった。自然の力強さと変化の激しさを目の当たりにし、パタゴニアの空の表情の豊かさに改めて圧倒された。

空は徐々に光を失い、モノトーンの静かな世界が広がっていく。夕暮れのパタゴニアには、寂しさや物悲しさではなく、むしろ清らかな静謐さが漂っている。これほど壮大な風景を前にしては、人はただ圧倒されるばかりだ。

刻一刻と変わる空の色は、やがて穏やかな茜色に包まれていった。静かに暮れゆくパタゴニアの空はどこか懐かしく、旅人にとって心が安らぐ一瞬だ。まるで夢の中で見た桃源郷を彷彿とさせる景色だった。


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