
中学生のころ帰り道にあるうどん屋でおでんなどを食べる。関西ではカントダキと呼ぶ。関東だきが大阪風になまった言い方だ。こんにゃくやちくわなどにしみ込んだ複雑だが奥深い味わいはいつまでも記憶に残っていたが長い間何から出る味かわからなかった。
その後20代になって会社の先輩に連れて行かれ新橋烏森口のとある店で鉄の大鍋で煮た牛筋を喰った。簡単な腰掛とおおぶりなテーブルがあるだけでいたって庶民的な店だが会社帰りのサラリーマンで賑わっている。戸が開けっ放しの店に入ると鉄と醤油出汁の混じった匂いがする。こんな組み合わせが食欲を刺激するとは知らなかった。
鉄の大鍋は直径が1メートル近くあり中には煮しめられた牛筋やこんにゃくなどがぎっしりと入っていた。先輩は知る人ぞ知るという名店だと説明した。牛筋を口に入れた瞬間、中学の帰り道のおでんと同じ味がして長い間疑問だったその不思議な味の謎が氷解した。長期にわたって出汁の濁りを濾しては使い、新たな食材を入れ、また濾しては足し入れるその繰り返しで鉄なべの味が溶け込みおでんの出汁になっていたのだ。
食欲をそそるのだがどこか闇市時代を思わせるこの複雑な味は今日ではおそらく絶滅してるのではないか。
NTTデータ草創期メモランダム2 場所の記憶(第17森ビル、第41森ビル、桜木町)
味覚の記憶は育つ 「志な乃」「瓢亭」の蕎麦