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まさおレポート

ヘルマンヘッセ「シッダールタ」メモ

ヘルマン・ヘッセのシッダールタを読み返してみた。読み返したと言ってもいつ読んだかも覚えていない、おそらく30代の頃だからすでに40年が経っている。それでも文庫本の表紙のイメージがあり シッダールタは最後は渡し守になって落ち着くという印象があるばかりだ。

ヘルマン・ヘッセがシッダールタに取り組み始めた1919年は第一次大戦後のヨーロッパでキリスト教文化、父性原理が母性原理、非合理的、異教に目を向けるようになっていた。

ヘルマン・ヘッセがシッダールタの若い読者へ向けた手紙で。
真理を予感し始めた人 、生の本質的なものを予感し、それに近づこうとする人、そういう人は、キリスト教の衣をまとっていようと他の衣をまとっていようと、間違いなく神の実在を体験するのです。


友人ゴーヴィンダとの充実した暮らしと別れ。二人はゴータマとの出会いの後にゴーヴィンダはゴータマにシッダールタは一人で遍歴する。

なぜゴータマはゴータマについていかなかったか。

ヘッセが回答を述べている。

知恵というものが教えられるものではないということは、私が一度人生の内で文学的に表現しようと試みなければならなかった経験であり、その実験が『シッダールタ』なのです(1922年1月)


かつて若き日に覚者仏陀に問いただした疑問がまずその一つであった。あなたのその教えによると、万物の統一と首尾一貫が一か所で中断されております。それは世界の克服の教え、解脱の教えです。

これは法華経で声聞や独覚つまり二乗では不作仏であるということをヘッセはおそらく知っていたのだろう、知識は伝えることができるが、知恵は伝えることができないと述べさせている。

しかし最後には川の渡し守で解脱する。無量義経のまず人を渡せが作者の言いたかったことなのだ。シッダールタの遍歴は法華経にいたる遍歴なのだと読み解くことも可能だ。


開示悟入の開。

かつての盟友ゴーヴィンダが、自分は年老いているが、さぐり求めることをやめていない、と述べたのに対し、
「さぐり求めるとは、目標を持つことである。これに反し、見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことであると述べる。

これは方便品の開示悟入の開そのものではないか。目標をさぐり求めるために広く目が開いていないのでは大事なものを見出すことはできない。見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことであると述べる。

知識ではなく目を開くことで悟にいたると。

知識をむさぼるものよ、意見の密林に対し、ことばのための争いに対し、みずからを戒めよ。意見は大切ではない。意見は美しいことも、醜いことも、賢いことも、愚かなこともあろう。だれでも意見を信奉することも、しりぞけることもできる。

おん身は賢い、沙門よおん身は賢く語ることを心得ている、友よ。あまりに大きい賢明さを戒めよ

「さぐり求めると」とシッダールタは言った。「その人は常にさぐり求めたものだけを考え、一つの目標を持ち、目標に取りつかれているので、何ものもを見いだすことができず、何ものをも心の中に受け入れることができない、ということになりやすい。さぐり求めるとは、目標を持つことである。これに反し、見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことである

 


開示悟入の示。

示される。開示悟入の示とは自らの遍歴で体験することから示されること。シッダールタの遍歴は波乱万丈だ。

俗世間が、快楽が、欲望が、惰性が、シッダールタをとらえ、金銭欲にとらえられ、富にもとらえられた。それはシッダールタに鎖となり重荷となった。

シッダールタは振り返ると価値もなく、意味もない生活を送ってきたように思われた。生命のあるもの、何か値打ちのあるもの、保存に値するものは何ひとつ彼の掌中に残っていなかった。

岸べの難破者のように、ひとり空虚に彼は立っていた。いつ幸福を体験し、真の喜びを感じたことがあったろうか。

断食することも、待つことも、考えることも、もはや彼のものではなかった。多くの愚かさ、多くの悪徳、多くの迷い、多くの不快さと幻滅と悲嘆とを通り抜けねばならなかった。

ビジネスに成功して遊女カマーラと出会い愛欲の悦びに溢れた生活をする。商売は必要とするよりずっと多くをもうけさせた。シッダールタの関心と好奇心はひたすら人間にあった。

時々シッダールタは胸の奥深くにかすかな声を聞いた。警告し訴えた。自覚した。自分は児戯にすぎないようなことばかりしている、自分は朗らかで、時々喜びを感じるけれど、ほんとの生活は自分に触れることなく、自分のそばを流れ過ぎて行くと。 

再会するかつての盟友ゴーヴィンダにシッダールタの発見した思想の一つを示す

知恵は伝えることができない、というのが私の発見した思想の一つだ。賢者が伝えようと試みる知恵はいつも痴愚のように聞こえる。知識は伝えることはできるが、知恵は伝えることができない。知恵を見いだすことはできる。知恵を生きることはできる。

輪を描いてまわっているのではない。われわれは上に向かって進んでいる。輪はらせん形をなしている。われわれはもう幾段か登ったとゴーヴィンダは返す。われわれはと述べることでシッダールタの遍歴の生き方だけではない、ゴーヴィンダの生き方もまた正解なのだと。

何物も存在しなかった。何物も存在しないだろう。全ては存在する。全ては本質と現在を持っている。

あらゆる真理についてその反対も同様に真実だということだ。つまり、一つの真理は常に、一面的である場合にだけ、表現され、ことばに包まれるのだ。

思想でもって考えられ、ことばでもって言われうることは、すべて一面的で半分だ。すへては、全体を欠き、まとまりを欠き、統一を欠いている。崇高なゴータマが世界について説教したとき、彼はそれを輪廻と涅槃に、迷いと真、悩みと解脱とに分けなければならなかった。ほかにしようがないのだ。教えようと欲するものにとっては、ほかに道がないのだ。

だが、世界そのものは、われわれの周囲と内部に存在するものは、決して一面的ではない。人間あるいは行為が、全面的に輪廻であるか、全面的に涅槃である、ということは決してない。人間は全面的に神聖であるか、全面的に罪にけがれている、ということは決してない。

そう見えるのは、時間が実在するものだという迷いにとらわれているからだ。時間は実在しない、ゴーヴィンダよ、私はそのことを実にたびたび経験した。時間が実在でないとすれば、世界と永遠、悩みと幸福、悪と善の間に存するように見えるわずかな隔たりも一つの迷いに過ぎないのだ。

ことばは内にひそんでいる意味をそこなうものだ。ひとたび口に出すと、すべては常にすぐいくらか違ってくる、いくらかすりかえられ、いくらか愚かしくなる。


開示悟入の悟。

悟に至る。

渡し守のヴァスデーヴァは一言も発しなかった。ただ傾聴するのを感じた。告白するのはどんな幸福であるかをシッダールタは感じた。カマラは毒蛇に噛まれて死に息子は離れていくという不運にもあったが彼は川から絶えず学んだ。何よりも川から傾聴することを学んだ。静かな心で、開かれた待つ魂で、執着を持たず、願いを持たず、判断を持たず、意見を持たず聞き入ることを学んだ。

そして世界が不完全なのでもなければ、完全さへの道を辿っているのでもなく、瞬間瞬間に完全なのだと悟る。

川は至る所において、源泉において、河口において、滝において、渡し場において、早瀬において、海において、山において、至る所において同時に存在する。川にとっては現在だけが存在する。過去という影も、未来という影も存在しない。

時間が存在するものだというまやかしを解いたのはシッダールタが身を寄せ、ともに渡し守としての生活を送ったヴァズデーヴァとの生活であった。ヴァズデーヴァは「川にとっては現在だけが存在する」と語り、シッダールタを「すべての苦しみは時間ではなかったか」という悟りに導かれる。


 

開示悟入の入。

入に至る。

世界をそのままに、求めるところなく、単純に、幼児のように観察すると、世界は美しかった。月と星は美しかった。小川と岸は、森と岩は、ヤギとコガネ虫は、花とチョウは美しかった。

すべての声、すべての目標、すべてのあこがれ、すべての悩み、すべての快感、すべての善と悪、すべてがいっしょになったのが世界だった。

存在するものは、私にはよいと見える。死は生と、罪は聖と、賢は愚と見える。いっさいはそうでなければならない。いっさいはただ私の賛意、私の好意、愛のこもった同意を必要とするだけだ。そうすれば、いっさいは私にとってよくなり、私をそこなうことは決してありえない

世界を透察し、説明しけいべつすることは、偉大な思想家のすることであろう。だが、私のひたすら念ずるのは、世界を愛しうること、世界を軽蔑しないこと、世界を自分を憎まぬこと、世界と自分と万物を愛と賛嘆と畏敬をもってながめうることである。

つまり川で人を渡すと言うこと、渡し守となったシッダールタが究極の行為なのだと。

無量義経とヘッセは響きあっている。
慢多き者には持戒の心を起こさしめ、瞋恚盛んなる者には忍辱の心を起こさしめ、懈怠を生ずる者には精進の心を起こさしめ、諸の散乱の者には禅定の心を起こさしめ、愚癡多き者には智慧の心を起こさしめ、未だ彼を度すること能わざる者には彼を度する心を起こさしめ

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