「小説を書くとき、僕は言葉を使って僕のまわりにある風景を、僕にとってより自然なものに置き換えていく。つまり再構成する。」
「ここではない世界があることの意味は、ここにある世界の過去を書き換えられることなんだ。」
「その暗い頑丈な根は、地中深く張り巡らされていた。そこには地図はなく、番号のふられたドアもなかった。」
村上春樹の小説作法が見えてくる。同時に、「1Q84」のしかけも見えてくる。月の2つある世界=「1Q84」は天吾が作り出した「ここではない世界」だということが見えてくる。劇中劇のしかけが。、
「青豆の頭の中にまるでその背景音楽のように、ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」の管楽器の祝祭的なユニゾンが朗々と鳴り響いた。」
ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」を通して青豆と天吾はつながっている。
「僕にとってのバッハの平均律みたいなものなんだ。飽きると云うことがない。
とくにお気に入りのものは?」
「平均律クラビアータ曲集第一巻と第二巻」
ふかえりと天吾はバッハの平均律で結びつく。まさに「僕にとってより自然なものに置き換えていく」世界。
「彼女の実の娘もやはり、大塚環と似たような経緯で自らの命を絶った。」
「死なない程度に間断なく、慈悲なく苦しめ続けます。生皮を剥ぐようにです。私が消えさせたのは他の人間です。」
柳屋敷の老婦人もこんな人物。青豆をとりまく人々は自らも含めて、残酷な仕打ちを受けている。彼らは深いところに復讐の念を秘めている。青豆に復讐を自然と思わせるような人々。あゆみもその一人だ。
「私自身の事を言えばね、男の人が怖いんだよ。というか特定の誰かと深いところで関わり合うのがね。」
「醜いと感じる人だって中にはいるかのしれない。しかし天吾は彼女の顔だちが何故か最初から気に言っていた。」
「おれはあるいはそこに母親の匂いを求めていたのかも知れない。」
「あなたにはこの世界のことがなんにもわかっていない。何一つ。」
「料理はほかほかのままなの。それでどうも変だなって思い始める。」
「私自身がその怪物なのかも知れないということなの。」
「そこは君自身の家で、君は逃げ出した自分自身を待っているのかも知れない。」
なぞの年上のガールフレンドはBOOK2で忽然と姿を消す。母親の化身、あるいは姉。続編でなにかのヒントがでてくるのだろうか。
「老婦人がいったように我々は単なる遺伝子の乗り物に過ぎないとしたら、我々のうちの少なからざるものが、どうして奇妙な形をとった人生を歩まなくてはならないのだろう。・・・時には異様としか思えない種類の人生を人々が歩むことが、遺伝子にとって何らかのメリットを産むのだろうか。」
「青豆にはわからない。・・・今となってはもう他の人生の選びようがないということくらいだ。・・・それがどんなにいびつなものであれ、それが私という乗り物のあり方なのだ。」
「実は何も選んでいないのかも知れない。それは最初からあらかじめ決まっていることで、ただ選んでいるふりをしているだけかもしれない。」
「こんな世界なんてあっという間に終わっちゃうよ。そして王国がやってくるの」
「目の前に自分が所有するものが溜まっていくことが、彼女には苦痛だった。」
「私には自分自身が一番怖い。自分がなにをするかわからないと言うことが。
カルトに走る人々のもつ、あるいは村上春樹も共感しているかもしれない、諦観、宿命感。つらすぎる問題提起。
「これまで」三人の男を殺している女と、・・・」
あれ、小説中には2人(環の旦那と渋谷ホテルの男)では?ということは描写されていないもう1人が殺されている。そしてそれが大きなキーになる?「私にはあなたの知らない過去がたくさんあるの。誰にも作り替えようのない過去がね」がその3人目の殺人を意味するのかな。
「この現実の世界にはもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。そのかわりに、このリトル・ピープルなるものが登場してきた。」
「リトル・ピープルは本当にいる。」
「山羊はリトル・ピープルとこの世界の通路の役をつとめている。・・・夜になるとリトル・ピープルはこの山羊の死体を通ってこちら側の世界にやってくる。」
やがて彼女の口がゆっくり開き、そこから、リトルピープルが次々に出てくる。・・・つばさの小指くらいの大きさだったが、・・・30センチほどの大きさになった。・・・彼らは空中に手を伸ばし、そこから慣れた手つきで白い半透明な糸を取り出し、・・・彼らの背丈はいつの間にか60センチ近くになっている。」
「リトルピープルから害をうけないでいるにはリトル・ピープルのもたないものをみつけなくてはならない。」
リトル・ピープルは宇宙人をイメージして書いているようだ。スターピープルあるいはエイリアンあるいはグレイ。
「朝になったら、ばらばらになっていた。破裂でもしたように、内側が派手に飛び散っていたんだ。爆発音を耳にした者はいない。」
これも又、キャトル・ミューティエイションを連想させる。
「呪いは古代のコミュニティーのなかで重要な役割を演じてきた。社会システムの不備や矛盾を埋め、補完することが呪いの役目だった。なかなか楽しそうな時代だ。」
「チベットにある煩悩の車輪と同じ。車輪が回転すると、外側にある価値や感情が上がったり下がったりする。輝いたり、暗闇に沈んだりする。でも本当の愛は車輪に取り付けらたまま動かない。」
「そしてものごとは前に向かって既に動き出していた。前にいるすべての生き物を片っ端から轢き殺していく、インド神話の巨大な車のように。」
「それは意味性の縁を越えて、虚無の中に永遠に吸いこまれてしまったようだった。冥王星のわきをそのまま素通りしていった孤独な惑星探査ロケットみたいに。」
村上春樹らしい比喩。
「ありがとうとふかえりは言った。彼女の口からお礼の言葉らしいものを聞いたのはこれがはじめてだ、と天吾は思った。いや、あるいははじめてではなかったかもしれない。しかし前にそれを耳にしたのがいつだったか、どうしても思い出せなかった。」
謎の言葉。なにかの伏線?
「私にはあなたの知らない過去がたくさんあるの。誰にも作り替えようのない過去がね」
「何か重要なものを創り上げるには、あるいは何か重要なものを見つけ出すには、時間がかかりますし、お金がかかります。もちろん時間とお金をかければ立派 なことが成し遂げられるというものじゃありません。しかしどちらも、あって邪魔にはなりません。とくに時間の総量は限られています。時計は今もちくたくと 時を刻んでいます。時はどんどん過ぎ去っています。チャンスは失われていきます。そしてお金があれば、それで時間を買うことができます。買おうと思えば、 自由だって買えます。時間と自由、それが人間にとってお金で買えるもっとも大事なものです」
「人間にとって死に際というのは大事なんだよ。生まれ方は選べないが、死に方は選べる」
「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまり、どれだけ説明してもわからんということだ」
「目の前に為すべき仕事があれば、それを達成するために全力を尽くさないわけにはいかない。それが私という人間なのだ。」
「神は与え、神は奪う。あなたが与えられたことを知らずとも、神は与えたことをしっかり覚えている。彼らは何も忘れない。与えられた才能をできるだけ大事に使うことだ」
「このまま逃げ出すわけにはいかない。いつまでも怯えた子供のように、前にあるものごとから目を背けて生きていくことはできない。真実を知ることのみが、人に正しい力を与えてくれる。それがたとえどのような真実であれ。 」
注 「」内は1Q84からのの引用です。