この人の文章はとても読みづらい。
だからといって解りにくくはない。
持って回ったようなくどい、まるでビジネス文書か
哲学書のやさしい版を読んでいるような。
いや、おそらく自分の位置確認をするために単純化し
しかし純度を上げていく作業。
ここにでてくるロリコンという言葉。
”ロリコン”という言葉が市民権を得たのは何時なのだろう?
ナボコフが書いた「ロリータ」は前世紀半ばのものだ。
そこに使われていた言葉は”ニンフェット”
ナボコフは何度か同じモチーフの話を書いている。
ナボコフの”ロリータ”はある一人の特殊なオーラをまとった
”ロリータ”なのだろう。
そして、この物語は贖罪なのか、それとも憧憬なのか。
判然としないままその幕は下りる。
一つの切片を見せられるような物語。それ以上は深入りも感情移入も
許さない。
潔いのか、しつこいのか。
それすらも判然とせず。切断させる。
だからといって解りにくくはない。
持って回ったようなくどい、まるでビジネス文書か
哲学書のやさしい版を読んでいるような。
いや、おそらく自分の位置確認をするために単純化し
しかし純度を上げていく作業。
ここにでてくるロリコンという言葉。
”ロリコン”という言葉が市民権を得たのは何時なのだろう?
ナボコフが書いた「ロリータ」は前世紀半ばのものだ。
そこに使われていた言葉は”ニンフェット”
ナボコフは何度か同じモチーフの話を書いている。
ナボコフの”ロリータ”はある一人の特殊なオーラをまとった
”ロリータ”なのだろう。
そして、この物語は贖罪なのか、それとも憧憬なのか。
判然としないままその幕は下りる。
一つの切片を見せられるような物語。それ以上は深入りも感情移入も
許さない。
潔いのか、しつこいのか。
それすらも判然とせず。切断させる。
ある種人間離れした妖しげな可愛らしさが漂っているのですかね。
これはあくまで自分のニンフェットの語感からの連想です。
『グランド・フィナーレ』の最後の解釈はタイトルからの邪推も含めて贖罪的な意味かなあ、なんて思いながらも、あんな短期間で善い人ぽくなるものかと疑ってみたり。
そんなふうに考える自分が一番まずい人間のようにも思えます。
”ハンバート”だけが感じ取れる特別なインスピレーション。
イーゲルさんは性悪説なんでしょうか?
”魂は浄化も汚れもしない”とは思います。
ですから、根は変わらないのかなと。
自分でさえも他人だと思っているので余計に。
そうそう、こちらのブログとリンクさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。
といっても私のブログを見る人は
ほとんどいないので影響はないと思われます。
>自分でさえも他人だと
それはそう思うのですけれどねぇ。
一番信用できないのが自分なんですが。