原美術館で展示が始まった。
見せることを前提としない芸術。
技術的には稚拙とも言えるだろうけれどその純粋な”妄想”はただ一点だけを
目指していたはずだ。
これを見ずしてアウトサイダーアートは語れまい。
表現する言う行為。描く、書く、そういったこと。
それとはかけ離れてところに立脚する。
ダダやシュルレアリスムが自らの意思と多大なる努力で放棄したものを
いとも簡単にに乗り越えていく。
脳は他者と . . . 本文を読む
システムがそれを凌駕してもそれ自身には至らない。
私は存在しているのか。
私はどこかのまたは、誰かたちのバーチャルなものでないと
またはあると証明できるか。
私の望みはあるか?
それが誰かの模倣、または複製、そして仕組まれたプログラムでないという
確証はあるか。またはそうである証拠はあるか。
破壊しに。とあれが言う。 . . . 本文を読む
ナショジオで出版されていた。
初めて聖書を読んだ時の違和感。
神、聖霊、キリストの関係値。
なんてまだるっこしい。いちいち他人に仮託して
望みをつたえなくちゃならないなんて。
そしてなによりも旧約聖書に書かれた矛盾する神。
まったくもって不条理な神。その側面は魅力的でもあった。
そんな中、ユダの裏切り。”なすべきことをなせ”と
イエスに言われる場面。どうしても拭えない違和感。
そしてこの福 . . . 本文を読む