ヘルフリート・ミュンクラー(ベルリン・フンボルト大学政治学教授)&マリナ・ミュンクラー(ドレスデン技術大学文学教授)の共著『新しいドイツ人(Die neuen Deutschen)』(Rowohlt Berlin出版、2016年9月、第3版)はドイツの移民・難民問題の政治学的および社会学的な分析、及び今後の移民・難民統合政策の提案をする学術的な本です。実際読んでみて、「久々にドイツ語でアカデミックなものを読んだ」という実感がありました。というのは分からない言葉がぽろぽろ登場していましたし、普通あまり使わない外来語が使用されていたり、ラテン語が文中に当たり前のように使われていたりするからです。やはり大学教授の著作はジャーナリストの著作とは趣が違いますね。
学術的だとはいえ、内容は難解ではなく、移民・難民を取り巻く様々な観点・側面が分かりやすく整理分類されており、この複雑な問題領域の理解を深める助けになります。
目次は以下の通りです(第1レベルの見出しのみ):
Einleitung はじめに
1. Grenzen, Ströme, Kreisläufe - wie ordnet sich eine Gesellschaft? 境界、流れ、循環 — 社会はどのように自身を位置づけるか?
2. Der moderne Wohlfahrtsstaat, die offene Gesellschaft und der Umgang mit Migranten 現代的福祉国家、開放的な社会そして移民の扱い方
3. Migrantenströme und Flüchtlingswellen: alte Werte, neue Normen, viele Erwartungen 移民の流れと難民の波:古い価値観、新しい基準、たくさんの期待
4. Deutschland, Europa und die Herausforderung durch die Flüchtlinge ドイツ、ヨーロッパそして難民による難題
5. Aus Fremden <<Deutsche>> machen 異邦人を「ドイツ人」にする
はじめにと第一章では、おもに人類の移動の歴史とその類型が論じられ、定住と遊牧の対比、農村と都市の対比、国境を線と捉える近代国家と線ではなく辺境域と捉える古代文明国家の対比、そして現在の富める北半球と貧しい農村的な南半球の対比などから人の動きを考察しています。
第二・三章では現状の福祉国家の在り方や移民に対する受け止め方、移民の流れ、難民の流れの現状と問題点を分析し、第四章でドイツやヨーロッパ各国の難民に関する政治的議論、イデオロギー対立、排他的・ヘイト的暴力、過去の労働移民の形成した「並行社会」についての考察がなされ、第五章で、そうした様々なことを踏まえつつ移民・難民の社会統合をどうしていくべきかという提案がなされています。
興味深いのは「ドイツ人」の定義です。ミュンクラー&ミュンクラーによれば「ドイツ人」とは次の五つの条件を満たすもののことです:
- 労働あるいは資産によって自分と自分の家族を養う能力を有する(失業はあくまでも一時的な「例外的」状態として捉えられる)
- 社会的な出世などの上昇が自分にも可能であるという社会制度への信頼がある
- 信仰はプライベートなものであり、「公」のものとは区別するということを理解している
- パートナー選び・結婚は個々人の自由意思に基づく決断であり、家族によって決められるものではないと理解している
- ドイツ基本法(憲法)がドイツ社会の基礎を成すということを認める
この定義だと、「生まれによって」ドイツ国籍を持っている人であっても「ドイツ人」でなくなることがあるので、「生まれ」に胡坐をかいてはいけないという点が重要です。さらに重要なのはもちろん、この定義の「ドイツ人」にはその気になれば誰でもなれるという点で、だからこそ移民・難民たちがそう思えるような条件を整えることがドイツ政府の役割であり、移民・難民個人個人の努力を助け、また自らも「違うもの」を受け入れる努力をするのが市民社会の役割とのことです。そして、社会統合の第1歩は「労働」であるため、難民を手続き上の不備から何か月も「収容所」に閉じ込め無為に過ごさせるのは社会統合の妨げにしかならないし、その時に受けた精神的苦痛が原因で、その後もドイツ社会に統合できない結果を招いてしまいかねないと現状を批判しています。
それでも、スウェーデン、フランス、オランダなどの移民政策と比較すると、ドイツの移民政策はイデオロギー色がなく、トライアル&エラーで現状に「反応」する措置が取られてきたため、意外といい統合結果を出しているらしいです。難民・移民の就業率が福祉の整ったスウェーデンよりも高く、フランスのBanlieuと呼ばれるゲットーに近いところはドイツにあるとはいえ、ドイツのは自然発生的なものなので、流動性も(まだ)高く、フランスのような暴動は起こっていないなどなど。
課題は多いですが、閉鎖的な「並行社会」や「ゲットー」が形成されないよう、また形成されかけても「流動的」な状態のまま保つように社会的な介入(特に就業促進)が重点的に行われれば、平和的な統合も可能なのではないかと考えさせられた一冊でした。