『月の裏側』はどちらかというとホラーだと思うのですが、途中から得体の知れないものに対する恐怖は消えて、SF的な人類の進化みたいな展開になります。
小説の舞台は福岡県の水郷都市・柳川をモデルにした箭納倉で、そこでは昔から人が唐突に失踪し、しばらくすると失踪期間中の記憶をなくして何事もなかった戻ってくる事件が頻発していました。
ごく最近消えたのはいずれも掘割に面した日本家屋に住む老女で、彼女らも何事もなかったかのように1週間くらいで戻ってきました。事件に興味を持った元大学教授・協一郎はかつての教え子・多聞と新聞記者の高安を呼んで真相の究明に乗り出します。途中で里帰りした協一郎の娘・藍子も調査に加わります。
「あれ」は水の中からやってきて、生き物をさらっていき、入れ替えまたは作り変えて元に戻すらしい。多くの住民がすでに「盗まれて」いるかもしれない?!という具合に中盤までどんどん緊張感が増していき、ついに「そして誰もいなくなった」的な状況になります。取り残された協一郎、多聞、高安、藍子らは町を出ることも考えましたが、結局事態がどこまで広がっているのかわからないため、その場に留まり記録を残すことにします。その間の薄気味悪い状況はホラーというよりは終末世界のようです。彼らは記録はしますが、戦おうとはしません。むしろ「あれ」を受け入れる方向に向かいます。「あれ」の正体は最後まで明らかにはされません。その謎めいた感じがいかにも恩田ワールドという感じです。読後感はあんまりよくないですね。