徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:松岡圭祐著、『瑕疵借り』(講談社文庫)

2018年05月22日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『瑕疵借り』は松岡圭祐の久々の歴史小説でない新刊です。瑕疵物件を借りて、物件にまつわる特に心理的な瑕疵の度合いを下げるために、残っている問題を調査し、解決する瑕疵借り専業者・藤崎達也の短編集です。収録作品は、「土曜日のアパート」、「保証人のスネップ」、「百尺竿頭にあり」、「転機のテンキー」の4編です。それぞれの物語の主人公は違いますが、藤崎達也がそれぞれの主人公たちのわだかまりを解決します。

「土曜日のアパート」の主人公は薬剤師を目指して親元から通える大学に行きながらコンビニでバイトする吉田琴美。ある日クリスマスケーキ販売のノルマを果たせず途方に暮れていたところに40代と思しき男が現れ、彼女の残りのノルマの個数を聞き、その分を買っていったところからドラマが始まります。彼・峰岡修一は時々コンビニに来て、折に触れて彼女のノルマを達成する助けをしていましたが、しばらくして来なくなりました。後にコンビニ店長から彼が福島第一原発の作業員であるらしいことが判明します。琴美は気になって彼のアパートを訪れ、不在だったためお礼の手紙と共に彼女の連絡先を残していきます。その手紙のせいで後に遺品整理業者から連絡が入り、琴美は彼が急性白血病で亡くなったことを知ります。彼が住んでいたアパートは「瑕疵物件」となるはずだと聞いて、琴美がもう一度そのアパートを訪れると、そこには既に藤崎達也という入居者が居て、秘かに事情調査中でした。

「保証人のスネップ」の主人公は、いわゆる「スネップ」と呼ばれる40代の無職引きこもり・牧島譲二です。ネットであれこれと在宅収入の道を探した時に保証人紹介会社への名義貸しに登録しため、知らない間に鳴海遥香という人物の「義兄」としてアパート賃貸契約における連帯保証人になっており、彼女が行方不明のため、滞納している4か月分の家賃を突然請求されます。結局「義兄」という続柄は虚偽でも連帯保証人であることには変わりないので、総額31万円強払う羽目になります。強制執行手続きを経て、部屋の明け渡しの段に保証人として立ち会うことになり、その際に鳴海遥香のノートパソコンに「譲二お義兄ちゃん」と呼びかける自撮りビデオがいくつかあることが判明します。また、不動産業者と大家の立ち話の中で「瑕疵借り」というキーワードが出ていて、ビデオの件も含めて気になったため、後日またそのアパートを訪れると、新しい入居者・藤崎達也に出会います。

「百尺竿頭にあり」の主人公は梅田昭夫(56)。長男の務める会社から「無断欠勤が続いており、連絡がつかないので、お父様の方から連絡をとって欲しい」と連絡があり、長男のアパートの管理会社とオーナーに若干たらいまわしにされつつも部屋への立ち入りを依頼し、長男が中で自殺していたことが判明。諸々の事務手続きが済んだ後に遺品整理業者から部屋の家財搬出・清掃・原状回復にかかった工事費用などの請求がきたので、不正請求でないことを確かめるためにも長男の住んでいたアパートに確認しに行きます。オーナーは同じ間取りの別の部屋を見せ、長男の住んでいた部屋は既に新規入居者がいるために断りますが、たまたまその入居者・藤崎達也がそのやりとりを聞きつけて、昭夫に部屋を見せ、長男の自殺の原因や遺書に仄めかされた「約束」とは何だったのか、事情を聴きながら推測していきます。

「転機のテンキー」の主人公はかつてパティシエになることを夢見ていた西山結菜(20)。中学の時の進路決定の際に製菓学校への進学を一番の理解者だと思っていた母親に反対されたため、普通の公立高校、そして短大に進みましたが、両親とは不仲となり、短大生になった後は家に帰らないことが増えていました。ある日たまたま帰宅すると、母親がキッチンに倒れて亡くなっていました。検案の結果、心疾患による突然死で事件性はない(つまり警察定義の「変死」ではない)と判断されたにもかかわらず、ネットの瑕疵物件情報サイトではすでにマンション名・部屋番号と共に「変死」と記載されてしまっていました。結菜は母の死体を発見したことがトラウマとなり、自宅に入れない状態になってしまったため、父と共にマンションを出ますが、父の行動や態度に不信感を抱き、母の死因に対しても再度疑問が湧き、元のマンションへ行ってみると、新規入居者・藤崎達也に出会います。

4編のうち後半2編は遺族の行動なので、瑕疵借りの藤崎達也に出会う経緯にそれほど不自然な感じはしませんが、前半2編は赤の他人のことなので、設定に無理があるように思います。主人公たちの「気になって仕方がない」という心情は理解できますが、だからと言って新規入居者にしつこく問い質したりするものでしょうか?

また、業界内では結構名が知られているという藤崎達也の生業もそのようにしつこく疑問を明かそうとする人たちが居なければそもそも成立するものでもないのではないかという違和感がぬぐえません。

原発作業員に対する労災申請権放棄を強要する違法契約や、保証人紹介という詐欺、引きこもり、サブリース契約、ブラック企業、ネットの瑕疵物件情報サイトなどさまざまな現代の社会問題が「てんこ盛り」な感じがするのもマイナス要因のように思います。

読み物としてそれなりに面白いと思いますが、どれもなんだか無理があるようで、説得力がいまいちです。


歴史小説

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推理小説 

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2018年05月22日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『紅霞後宮物語』は、2014年第2回ラノベ文芸賞で金賞受賞した『生生流転』を改題・改稿したもので、作者のデビュー作です。第1巻は「第1幕」という表示がないことからも分かるように、シリーズ化は取りあえず想定されておらず、これ一冊で一応完結している中国風歴史ロマンです。主人公は大辰帝国の貧農出身で足の悪い兄の代わりに徴兵され、軍人として特に用兵の巧みさで頭角を現し、将軍位にまで出世した女性・関小玉がいきなり皇后になるところから始まり、その活躍ぶりが語られます。

関小玉が33歳で後宮入りしたのは、彼女の元副官・周文林が実は先々々帝の庶子で、彼が皇帝に即位し(てしまっ)たことに起因します。この文林は小玉の軍事の才能にほれ込んでおり、彼女を何とか重用し活躍させることができないか模索した結果、皇帝の妃が軍を率いた故事に倣って彼女を妃にしてしまう策を思いつきます。小玉は快くではありませんが、皇帝命令なのでそれに従って後宮入りします。しかしこんな突然の人事が後宮という女の園で快く受け入れられるわけはないので、小玉は当然いじめの対象になってしまいますが、彼女は軍隊でたたき上げられた人なので全く気にしません。本人よりもむしろ彼女の能力を高く買っている文林の方がその状況に耐えられず、彼女を後宮の最高位である皇后の座に着けてしまいます。こうして皇帝・皇后のコンビで内憂外患の国を治めていきます。内憂外患ですから陰謀・謀略・粛清・戦争のオンパレードで血なまぐさいのですが、『三国志』的な面白さがあり、また友情・主従関係のドラマに加えて、文林と小玉の形式的には夫婦でも友人なんだか主従なんだかちょっと恋愛入ってる?的な微妙な、基本セックスレスな関係が見所です。

第零幕、一「伝説の始まり」は番外編で、小玉の子供時代から軍隊に入って彼女の才能が見出され抜擢されるまでの物語です。

第零幕、二「運命の胎動」は番外編第2弾で、親友・明慧や文林との出会いなどが描かれています。部下を守れるように出世して力をつけようと小玉は決意し、文林は彼女のそばにいて補佐する決意をするところで終わっています。

この第零幕シリーズはまだまだ続くようです。

本編の第七幕では小玉が隣国・寛との最前線で矢傷を負って、矢の汚れによって症状が悪化し、かなりピンチに陥っているところで終わっています。典型的な「次巻に続く」のパターンで、読み終わった時に「なんでまた次が出ていないんだ?!」と悶絶した次第です。まあ、それくらい面白いわけなんですが、所々で「後の世では...」「100年後には...」云々という説明が蛇足的で目障りなのが玉に瑕のように思います。「辰という国の歴史を古代から近世にわたってきちんと設定してます」という作者の設定の綿密さをひけらかす以外に本筋に深みや含みを持たせるような感じでもないので、そういう言及はない方がストーリーの流れが阻害されなくていいのではないかと感じました。この唯一の難点を除けば、読み手をぐいぐい引っ張っていく力強い筆致で、私はどっぷりと嵌ってしまい、週末から昨夜まで睡眠時間を極限まで削って、発行されている全9冊を一気に読破してしまいました。