徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:ヨハン・ガルトゥング著、『日本人のための平和論』(ダイヤモンド社)

2018年05月28日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

『日本人のための平和論』は、第二次安倍政権以後、安保関連法制や集団的自衛権の容認など安全保障をめぐる日本の政策が大きく変化し、また憲法改正の動きも活発になってきたことに危機感を抱いた平和学の権威であるヨハン・ガルトゥング氏が、日本人のための緊急提言を記した本です。

目次

はじめに

第 I 部 日本の安全保障

1.集団的自衛権 - 後戻りできる選択か?

2.沖縄問題 - いまだに占領下にある日本

3.専守防衛 - 丸腰では国を守れない

第 II 部 中国・韓国・北朝鮮

4.領土問題 - 解決のための発想転換

5.中国 ー 拡張主義の背景にあるもの

6.北朝鮮 - 理解不可能な国なのか?

7.歴史認識と和解 - 慰安婦・南京事件・真珠湾

8.日本の外交と防衛 ー 4つの基本政策

第 III 部 構造的暴力と戦争

9.構造的暴力 - 戦争がなければ平和なのか?

10.米国の深層文化 - なぜ戦争をするのか?

11.テロリズム ー つくられた新たな敵

第 IV 部 平和の文化をつくる

12.移民・難民と日本 - 新しい共同体を目指して

13.平和運動への提言 - 議論と勇気と想像力を

14.紛争解決の教育 ー サボナ・メソッド

ガルトゥング氏の提言の中で素晴らしいと思うのは「日米安保条約」を破棄するのではなく、そのまま寝かせて埃がかぶるに任せて有名無実化させるという提案です。その上で米国からの真の独立を目指し、専守防衛を日本の安全保障の軸に据えて、隣国との対話による平和を目指すというものです。

ここでいう「専守防衛」とは次の3つの要素で構成されます(p.48)。

  1. 国境防衛ー日本の場合は海岸線防衛ということになる。
  2. 領土内防衛ー自然環境や都市を使って、十分な装備を有する市民軍(日本の場合は自衛隊)によって行う防衛。
  3. 非軍事的防衛ー不幸にして外国から攻撃され、侵略され、占領された場合に非暴力抵抗行動によって行う防衛。

大切なポイントは、長距離兵器を保有せず、短距離兵器のみに特化し、近隣諸国を挑発しないことです。

その点で、米軍が日本から撤退すればリスクは増すどころかむしろ減るという指摘が実に興味深いです。

領土問題の解決には共有と共同開発・管理が提案されており、平和のためには領有権を棚上げして実利を取る方がよいという考え方で、基本的にドイツ・フランス間やドイツ・オランダ間の領土問題棚上げと同じ原則と言えるでしょう。日中間の尖閣問題にしても日中国交正常化されてからしばらくは「棚上げ」が暗黙の了解になっていました。これを先鋭化させたのは某元東京都知事のアホでした。そうなる前にさっさと日中共同開発を実現し、利益分配率を取り決めてあれば、今頃「中国の脅威」が話題になることなどなかったことでしょう。いつか戦争になることを前提に国境をかっちり線引きしようとするからおかしなことになるのだと私は思います。

歴史認識にしても、まずはお互いに「直接」話し合う必要があります。それをせずに間接的なやり取りに始終していれば、国同士の関係に進展があるわけありません。安倍政権の「圧力」一辺倒、米国追従一辺倒では日本を危険にさらすばかりでしょう。こうして日本は独立した交渉相手としての地位をますます失うばかりです。

第 III 部「構造的暴力と戦争」は非常に示唆に富んだ考察で、マスメディアによって拡散される米国中心主義が根底にある世界観のあらがより明確に認識できるようになります。

第 IV 部の最後で取り上げられている紛争解決教育のためのサボナ・メソッドは非常に興味深い教育方法です。サボナ・メソッドの取り組みを始めた学校では(すぐにではないが)いじめがなくなったという。これこそ日本の学校に必要な教育ではないでしょうか。是非とも全国的に導入して欲しいものです。こうした教育が未来の平和につながっていくのだろうと思います。圧力をかけて解決する紛争などありませんし、まして暴力的な方法では一時的には勝った方に利益があるかも知れませんが、禍根を残すため、長期的にはむしろテロリズムを生み、安全や平和を継続的に脅かすことにしかなりません。

この本は、「中国の脅威」とか「北朝鮮の脅威」とかやたらと脅威論を振りかざし、軍備増強と対立先鋭化に走るすべての日本人に読んでもらいたいものです。もっとも、戦争推進派というのはすべからく平和的解決を望まず、「脅威論」は建前で、本音は自らの利益のためでしょうから、一般市民の方にはその「本音」を見抜く力を養ってもらいたいものですね。戦争をしなくても、軍拡政策によって儲ける人たちが必ず居るのです。兵士たちは「国のために戦っている」と思い込まされていますが、実際のところはそのような一部の戦争商人のために戦わせられているわけです。様々な「脅威論」の行き着く先は結局のところそこなので、踊らされてはなりません。


書評:今野敏著、『蓬莱 新装版』(講談社文庫)

2018年05月28日 | 書評ー小説:作者カ行

『蓬莱』は、ゲームソフト開発会社「ワタセ・ワークス」社長・渡瀬邦男がある日やくざ者に「蓬莱」というファミコン用ゲームソフトの発売を中止するように脅され、翌日にはそのゲームソフトの企画とプログラミングの大部分を担った社員が電車事故(?)で亡くなるというところから始まり、誰がなぜ「蓬莱」の発売中止を求めるのかという謎を探っていく推理小説です。

20年以上前の1994年の作品ということで、PKO問題などの社会情勢や、ポケベルやフロッピーディスクなどのアイテムにその時代を感じさせるものの、着想の面白さは色褪せていないと思います。ゲームの中に歴史的設定を織り込むのはよくあることですが、「蓬莱」には2世紀ごろの日本が織り込まれているとのことで、話の中でどんどんそこに隠されているものが明らかになっていきますが、その「織り込まれた歴史」自体も興味深いものがあります。話のテンポもよく一気読み必至です。

「ワタセ・ワークス」社のほぼ全員で「蓬莱」の謎に迫り、発売中止の圧力に抵抗しようとする一方、安積警部補は警察としてできる範囲ところで捜査し、「蓬莱」発売中止に絡む背後関係を洗おうとします。つまり『蓬莱』は以後続く「安積班シリーズ」第2期「神南署」の原点でもあります。私はこのシリーズは読んだことありませんけど、面白そうなのでこれからおいおい読んで行こうと思います。

渡瀬の行き着けのバー「サムタイム」のバーテンダー・坂本建造も味わいのあるキャラです。彼のドラマシリーズがあっても良さそうな感じですね。