『風と木の詩』は1976年「週刊少女コミック」10号から掲載開始され、1982年7月号から連載媒体が「プチフラワー」に変わり、1984年6月号まで掲載された元祖BL(ボーイズラブ)と言える少女漫画の古典で、19世紀末のフランス、アルルのラコンブラード学院の寄宿舎で繰り広げられる、思春期の多感な少年達を中心とする物語。愛欲、嫉妬、友情など、さまざまな人々の想いが交錯するなか、共に非凡なバックグラウンドを持つ2人の主人公、華麗かつ愛を求めてやまない孤独なジルベールと誠実なセルジュの切ない愛が描かれています。
この作品の連載当初、ブーム時は、私はまだこういうテーマに興味を持つ年齢に達していなかったため、高校生の時(すでに連載終了後)に入っていた漫研でネタとして耳に入る程度で、まともに読んだのは今回が初めて。
最初の方は二人の出会いとジルベールの放蕩ぶり、彼と寮の同室となった転入生セルジュの誠実さ、同年齢の子にはあまり見られない芯の強さなどが描かれています。ジルベールの方は反発が強く出ており、セルジュは友情を求めて真摯に近づこうと努力する健気さが出ています。
中盤でジルベールの生い立ち、母アンヌ・マリーと夫の弟オーギュスト・ボウとの不義の子で、両親不在で育つ過程や叔父(実父)オーギュストにレイプされるなどショッキングな出来事などを通じ、ジルベールの人格形成過程が細やかに描写されています。それに続いてセルジュの過去の部があり、こちらはご両親(バストゥール子爵家嫡男の父アスランとジプシーの血を引く高級娼婦の母パイヴァ)の恋物語から始まり、セルジュが生まれ、ピアノを始めるいきさつ、両親の死、バストゥール家跡取りとしてのお披露目、優しい祖父母の死、後見となった叔母との緊張関係、肌の色による差別の経験を経て、叔母の娘との不幸な事故を機に家を出て、ラコンブラード学院の寄宿舎に入るまでが描かれています。
この二人がお互いの愛を認めるまでにかなりの時間が費やされます。ジルベールの方は叔父(実父)との関係の他、学院に放り込まれてからは上級生たちとの破滅的な関係を続けてきたため、同性愛への抵抗は全く無いわけですが、まじめなセルジュの持つ抵抗感は比べものにならないくらい強いので、ジルベールに惹かれている気持ちを認めるまでに相当苦悩することになります。
オーギュストが、ジルベールを寄宿舎に入れてからずっと蔑ろにしてきたにもかかわらず、セルジュの登場に危機感を抱き始め、二人を引き裂いてジルベールを取り戻そうと画策。これによって二人とも散々な目に合うのですが、たくさんの生徒たちの協力を得て、ついに学院を脱出し、パリへ駆け落ち(?)。ただ、身元保証もない少年二人がパリでまともな生活をしていけるわけはないので、二人の苦労は絶えません。それでもまじめに働こうとするセルジュとその妖艶さゆえに危険を呼んでしまうジルベールの間の溝はどんどん広がっていってしまい、最後はジルベールを手に入れようとしていた悪の親玉のような人の罠にはまってアヘン中毒となってしまったジルベールが自滅の道まっしぐらに落ちていき、事故にあってその短い生涯を閉じてしまいます。彼の死後バストゥール家に戻ったセルジュはショックから立ち直った後、ジルベールへの愛を音楽に昇華させ、ピアニストの道を進みます。
絵柄の美しさもさることながら、古典的悲劇オペラ的ストーリー展開や登場人物の生い立ち・深層心理を深く掘り下げることで作品に文学的深みが増しており、「少女漫画」の枠を大きく逸脱している作品だと思います。この作品の美学・耽美性を成立させしめているのはやはり舞台が19世紀のヨーロッパであることと主人公二人が貴族の血を引いており、どちらもかなり美形であるということではないでしょうか。少女たちの憧れの凝縮形がここにあると言っても過言ではありません。これの舞台が現代日本の男子校とかだったら台無しになってしまうことでしょう。なぜならそこに美しい幻想を抱ける余地があまりにも少なすぎるから。