ダン・ブラウンの最新作『Origin(オリジン)』(Transworld)は昨年10月に発売されてすぐに電子書籍で買っておいたのですが、あまりにも本を買いだめし過ぎてて、結局日本語の翻訳が出る頃になってようやく読むに至りました。
『ダ・ヴィンチ・コード』や『インフェルノ』でお馴染の宗教象徴学者ラングドン教授を主人公にしたシリーズ第5弾。舞台は主にスペインのビルバオとバルセロナで、謎の死(ラングドンの元教え子で人類最大の謎を解き明かす映像を発表するはずだったエドモンド・カーシュがイベントの最中に額を撃ち抜かれて死亡)があり、ラングドンが解くべき謎(映像発表のための47文字のパスワード)を美人さん(未来のスペイン女王にしてグッゲンハイム美術館のイベントで司会役を担当するアンブラ・ヴィダル)と共に王室警備や現地警察及びカーシュを殺害したキラーに追われながら解くというお馴染のパターンが展開されています。
宗教と最新科学の関係をテーマとしているところは、シリーズ第3弾の『ロスト・シンボル』に共通しています。ただし、今回ラングドンが解くべき謎は象徴学とはおよそ関係のない47文字の詩の一節をそのまま使ったというパスワードなので、別に彼が活躍しなくてもよかった感じがします。そろそろシリーズとしては限界なのではないかと思いますね。
またサイエンス色が濃いため、ミステリーと言うよりはSF小説という印象の方が強いです。現在のAIの発展には目を見張るものがありますが、本作品に登場するウインストンというイギリス英語を話すAIはまだ「未来の可能性」に過ぎません。このウインストン・チャーチルから名前を取ったAI「ウインストン」が重要な役割を果たすので、SF色が濃厚になるわけです。
さて、エドモンド・カーシュは世紀の発見の発表前に、その影響力を検討するために宗教界のトップスリー(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教)の代表者たちと会談してます。その3人のうちの2人が殺されてしまいます。カーシュ自身はアヴィラという元海軍司令長官に殺害されるのですが、アヴィラは「The Regent(摂政)」を名乗る者から受けた指示を実行しただけなので、背後関係は不明です。アヴィラはイベント開始直前にスペイン王室からの電話での指示で参加者名簿に加えられたらしいので、カーシュ殺害に王室がかかわっているのか、現国王と親しく、またカーシュと会談して殺されなかったキリスト教司教ヴァレスピノが関わっているのか否か。王室内部から陰謀論ニュースサイトに情報を流しているらしい「monte@iglesia.org」とは誰なのか、などラングドンの得意とする象徴学とは全く関係のない謎が多く散りばめられており、ラングドンの特性にこだわらなければミステリーとして十分に楽しめる作品です。実在するロケーションや団体を綿密に取材して作品に登場させているところも魅力の一つです。
また、カーシュの発見である人類最大の問い「我々はどこから来たのか、どこへ行くのか」に対する回答も興味深いです。宇宙のエントロピーの新理論?( ゚Д゚) ただこの関係で作中に引用されているスタンフォード大学の物理学者ジェレミー・イングランドは、作品発表後ウォールストリート・ジャーナルに「ダン・ブラウンが神を否定するために自分を引用するのは不本意」と表明していますけど。イングランド自身は敬虔なオーソドックスのユダヤ教徒です。彼のその宗教的立場はそのまま作品に反映されているので、そこは問題ないと思いますが、イングランドの理論からインスピレーションを受けたコンピュータサイエンティストのカーシュが出した結論はまさに神を否定するものなので、それがイングランドのお気に召さなかったということなのでしょう。そこはフィクションだから大目に見たらいいのにと思わなくもないですが。それに、カーシュの結論はともかく、ラングドンの立ち位置は宗教自体を否定するものではなく、既存の創世記の記述は間違いであっても、違った形で、人間の理解の及ばない形での「創造」はあったのではないかと匂わせるものなので、原理主義者には受け入れがたいスタンスでしょうけど、必ずしも無神論ではありません。
それにしても、ダン・ブラウンはまだラングドンを書くつもりなんでしょうか?