徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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EU・トルコ難民協定本日(2016年3月20日)発効

2016年03月20日 | 社会

3月18日についに合意に至ったEU・トルコ難民協定が本日(2016年3月20日)より発効します。

まずは協定の具体的な内容を以下にご紹介します。

難民送還

3月20日以降にトルコからボートで不法にギリシャに渡ろうとする難民たち全てがトルコに送り返されることになります。難民送還は4月4日からスタートします。理論上は。実際問題としてギリシャには漂着した難民たち全てを送り返すのに必要な資金も人員もなく、EUからの支援に頼らざるを得ません。その支援が短期間に来るかどうかは疑問です。数か月前からエーゲ海の島々に難民のための「ホットスポット」を設立しようとしていますが、未だにレスボス島以外は完成に至っていません。新たな協定が発効したからと言ってそれが急に改善されるわけではありません。

ギリシャでの難民申請はトルコに送還される前に個別に審査されなければならないことになっています。無審査で集団祖国送還されることはないということです。トルコでは自身の安全が保障されないということを証明できる場合は、EUで庇護権を享受することができることになっています。

送還費用はEUが持ちます。

この協定の適用範囲に入らない既にギリシャの島々に居る難民たち約2500人は、3月19日のうちに集められ、ギリシャ本土へ運ばれました。これは協定適用となる新たな難民たちと区別するための措置です。

シリア難民受け入れ

EUからトルコに送還される不法難民一人につきトルコ、レバノン、ヨルダンのシリア隣接諸国から一人シリア難民をEUが引き取ります。1対1の交換です。第一の引き取り枠は既に去年の時点で合意されていた18,000人で、その枠を超えた場合は第二の枠54,000人が有効となり、合わせて72,000人までのシリア人が合法的にヨーロッパに移されることになります。シリア以外の国籍を持つ難民に関しては何も規定されていません。

国境警備

トルコはヨーロッパへの新たな海路・陸路ができないように最大限の努力をすることを約束しました。
トルコからEUへの不法渡航が止まれば、「任意人道的受け入れスキーム」が発動し、EU加盟国はこれに任意ベースで参加することになるらしい。 あくまでも任意なので、実効性に乏しいと見てまず間違いないでしょう。第一前提となる不法渡航ゼロが達成不可能。

トルコ人へのビザ義務撤廃

トルコ人に対するEUにおけるビザ義務の撤廃のためには72の前提条件が満たされる必要があります。トルコはこれらを4月末までに実行すると宣言しました。EU側による審査は6月末までに行われる予定です。その審査が問題なく通った後、ビザ義務が撤廃となります。

トルコが72の前提条件を満たせないことを願っているヨーロッパ人たちは相当数います。懸念されるのはトルコ国籍を持つクルド人たちが大挙してEUにビザなしで合法的に入国した後に亡命を申請すること及びテロリストの流入です。1週間のうちに2回も自爆テロがあった国ですから、この懸念は正当性を持っているといえるでしょう。

トルコへの資金援助

EUは既に去年の時点で同意していた難民政策支援のための30億ユーロ(3770億円)の支払を速める約束をしました。本来は年初に払い出されるはずでしたが、どの国がいくら出すのか決まってなかったので、1セントもトルコに振り込まれませんでした。その援助資金が目的にかなった使われ方をされていると判断されれば、EUは2018年までにさらに30億ユーロをトルコに提供するとのことです。

トルコのEU加盟交渉

EU加盟交渉においては全部で35項目の政治分野で協議する必要があります。既に昨年12月に協議開始したのが第17項「経済・通貨政策」です。新たに協議開始されると思われているのは第33項「財政政策」です。

トルコのEU加盟を阻害している主な理由は、トルコがEU加盟国であるキプロス共和国の認知を拒否していることにあります。

シリアの生活環境改善

EUとトルコは難民たちの出身国であるシリアにおける人道的環境の改善に共に努めることに合意しました。これは、シリア国内での難民のための保護区域設置に協力してほしいというトルコからの再三の要求に答えたものです。

以上がEU・トルコ難民協定の内容です。

 

新たなルートの可能性

トルコからバルカンルートへ行く道はこの協定により、出発点から閉鎖することになりました。もちろんそれで諦めるような逃亡幇助組織ではありません。新たなルートとして、リビアから地中海を渡ってイタリア領ランペドゥーザに向かうルートが最も可能性が高いと見られています。リビア内政不安のため、出向の際の管理がないに等しいからです。トルコからエーゲ海のギリシャ領の島に渡航するよりも距離が長く、波も高いので危険性が格段に高くなります。

理論的にはトルコからギリシャを通り過ぎてイタリアを目指すルートも考えられますが、距離にして168キロメートルもあり、トルコ沿岸にそのような渡航を可能にするインフラが整っていないので、新たなルートとして確立する可能性は低いと見られています。

もう一つの可能性はアルバニア経由でイタリアに渡るルートです。ギリシャ・アルバニア国境は山間地のため、警備の隙がかなりあるので、そこを突破することも理論的には可能です。ただし、陸路では鉄道も通っておらず、交通インフラの整備されていない道を強行することになるので、大量の難民たちが通れるようなルートではありません。

またトルコからブルガリアに入るルートも可能です。このルートはこれまでほとんど利用されていません。

協定の問題点

トルコのEU加盟には異論が多くあります。アメリカはEUにトルコのEU加盟を速めるように要求していますが、その理由は地政学的・戦略的な意味合いと市場拡大の意味合いが大きく、EU内の政治的統合性には全く無関心です。しかし、ヨーロッパ人にとってはトルコがEUに入るか否かは地政学的または経済的な観点だけで論じる問題ではなく、自己のアイデンティティーの定義の根幹にかかわる問題です。ヨーロッパとは何か。EUとは何のために存在するのかという問いの答えとして、これまでは民主主義、人道主義に基づく平和的共存を目指す、世界に対して倫理的規範を示す共同体がEUの理念だとするものがあります。だからEU加盟のためには人権を尊重する民主主義的法治国家であることが前提となっているのですが、エルドアン大統領下のトルコは専制政治路線をまっしぐらに走っており、2000年当初にはあったはずの民主化改革が逆行しているのが現状ですので、本来なら加盟交渉にすら入れないはずなのです。つい最近報道の自由に制限が加えられたばかりです。にもかかわらず難民問題解決のためにトルコにEU加盟交渉開始というエサを与えるということは、ヨーロッパの倫理的価値観を売り渡したという見方もできます。これではEUの存在意義が脅かされ、国際的信用を貶めることになると懸念されています。

もちろん、EUのトルコへの依存度が高まることも批判の的となっています。

難民問題に関してEU内の意見調整ができなかった代償は高い。代償はトルコに支払われる60億ユーロばかりではなく、協定が根本的な解決ではないことから、難民たちがより危険なルートで不法入国を果たそうとし、より多くの人命がその際に失われるだろうことも含まれています。

シリア人以外の難民には合法的なヨーロッパへの入国及び難民申請の可能性がないことも、不平等であり、ジュネーブ条約に反すると見られています。

参照記事:

ツァイト・オンライン(独)、2016.03.18付けの記事「何がEU・トルコ間ディールに含まれ、何が含まれないか
ディー・プレッセ(墺)、2016.03.18付けの記事「インモラルな協定」 
ZDFホイテ、2016.03.20付けの記事「難民協定発効 ー 少なくとも理論的には」