徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:松岡圭祐著、『水鏡推理3 パレイドリア・フェイス』(講談社文庫)

2016年06月20日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『水鏡推理』リシーズ第3弾、早速読みました。

今回は官僚にしては珍しい静岡大出身の廣瀬秀洋(27)が文科省の問題児事務官水鏡瑞希の指導役兼監視役として登場します。でも彼もメインストリームから外されがちで、瑞希ちゃんよりは大人の対応ができるとはいえ、幹部のやり方にはかなり煮え湯を飲まされているので、彼女に共感する要素有り。

取り組む課題は、3か所続けて発見されたという75万年前の「地磁気逆転」の証拠の検証と栃木県北部に地震のせいで隆起したと思われる【人面塚】の解明。そのため地質学的な蘊蓄が盛りだくさんです。

ストーリー展開のテンポはどちらかと言うと遅く、少しじれったい感じがします。中盤は瑞希の暴走とドジが目立ち、あの冴え冴えとした推理力はどこへ?!と首をかしげてしまうくらいです。もちろん最後には彼女が全ての謎を解き明かすのですけど。

『水鏡推理3 パレイドリア・フェイス』は『水鏡推理2 インパクトファクター』よりは面白いと思いますが、第1弾が個人的にこのシリーズでは一番面白いと思います。

 

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書評:松岡圭祐著、『水鏡推理』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『水鏡推理2 インパクトファクター』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『探偵の鑑定I』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『探偵の鑑定II』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『探偵の探偵IV』(講談社文庫)

書評:松岡圭祐著、『千里眼完全版クラシックシリーズ』(角川文庫)


オペラ:ドニツェッティ『ルチア・ディ・ランマーモール』~ケルンオペラ座にて

2016年06月19日 | 日記

昨日、6月18日、ケルンのメッセ会場の近くにできたオペラ座でドニツェッティのオペラ『ルチア・ディ・ランマーモール(Lucia di Lammermoor)』を見てきました。

『ルチア・ディ・ランマーモール』自体はイタリアのロマンチックオペラのプロトタイプと言うべきベルカント・オペラで、表題となっている主人公のルチアが若きアシュトン家当主・弟のエンリコによって無理に政略結婚させられた夫を刺殺し、永遠の愛を誓い合った恋人で家族の政敵であったレイヴンスウッド家の生き残りであるエドガルドとの結婚を言祝ぐ発狂アリアを歌うところでドラマの頂点に達し、夫を殺し発狂したルチアが自殺し、それを知った恋人エドガルドが絶望して自殺して終わる悲劇です。レイヴンスウッド家とアシュトン家と名前が英語なのは、このオペラの元になっている小説が「ランマ―モールの花嫁(The Bride of Lammermoor)」というウォルター・スコットの小説(1819)だからです。オペラ化に当たってファーストネームだけイタリアナイズされたそうです。1835年が初公演だったそうですが、ケルンのオペラ座では今年度が初演。原作の小説を読んでみるのもまた一興かもしれません。

ルチア役のOlesya Golonevaが父親の急死により出演不能で、代役のTatjana Larinaが出演しました。最初の方は声の伸びが悪く、弱々しい感じがしましたが、舞台の進行とともに調子が出てきたのか、弱々しい感じは目立たなくなっていきました。基本的にきれいなソプラノで素晴らしいコロラトゥーラを披露してくれましたが、きゃしゃな体型のせいなのか、声に迫力が足りない印象を受けました。

恋人のエドガルド役(Jeongki Cho)も殺される夫のアルトゥーロ役(Taejun Sun)も韓国人で、音楽監修もEunsun Kimという韓国人。そのせいか韓国人の観客も普段より多かったようです。Jeongki Choはケルンオペラ座ではお馴染のテノール歌手で、ちょっと腰砕けになりそうないい声なのですが、演技力の方は今一つ動きが硬くて、ところどころ台無しな感じなのが残念です。

姉ルチアの恋を引き裂き、自分のひいてはアシュトン家の将来のためにルチアと自分の友人であるアルトゥーロの結婚を決めてしまう弟エンリコ演ずるBoaz Daniel(バリトン)も悪くはなかったです。演技力はエドガルド役よりあったのではないかと思えます。思わず殴りたくなるほどの悪役でした。

ライモンド(神父)役のHenning von Schulmanが歌うバスもなかなか素敵でした。非常に背の高いスマートさはバス歌手としてはあまり有利な体型ではないのかも、とも思ってしまいましたが。【重低音】の【重】が足りない感じがしたのは、見た目からの錯覚なのか、実際に声に重みが足りなかったのか判断に迷うところです。

舞台設定はナチスが没収したというハウス・トゥーゲントハットをモデルにした大きな階段が特徴的な二階建ての家。エドガルドの属するレイヴンウッド家が所有していた邸宅をアシュトン家が没収し、そこに住んだことを踏まえたアナロジーだそうですが、そういうムリなアナロジーはなくてもいいと思いますし、実際ハウス・トゥーゲントハットを目にしたことがなければそれがアナロジーであることすら気付かれない、どちらかと言うと独りよがりな舞台演出のような気がします。でも舞台セット自体は階段をうまく使うことができていいと思いました。

これはちょっと。。。と残念に思ったのが、結婚式で集まる親戚一同の集団の動きですね。動きがばらばらで、コレオグラフィーが全然なってない。音楽と舞台全体の絵をぶち壊しにするような意味のない(と思われる)個別の動きが目障りでしょうがなかったのです。特に発狂シーンでのそれは本当に台無しでした。

あと、舞台では兄エンリコが友で妹の夫となったアルトゥーロを殴り殺してたようにしか見えなかったことが変でした。一緒に見ていた旦那もそう見ていたので、勘違いではなくそのような動きだったのでしょう。でもライモンドが歌う歌詞の方は「ルチアがアルトゥーロを殺してしまった」となっているので、余計に腑に落ちないいらだちが感じられました。そして、ルチアは血まみれで発狂アリアを歌うはずなのに、エンリコが殺したので彼女に返り血は当然なく、凄い違和感でした。でも、他の舞台写真では血まみれ演出があったので、私が見た回だけ(代役だから?)違っていたのかも知れません。

全体的に悪いとは言えませんが、なんとなく不満の残る舞台でした。ベルカント・オペラは本来物語ではなく、舞台上のシーンと音楽で観客を感情的に揺さぶるオペラのはずなのに、いろんな欠点が目について感情的に揺さぶられることは残念ながらありませんでした。アリアのテンポが速すぎて情感を表しきれなかった疑いもあります。


書評:奥田英朗著、『空中ブランコ』(文春文庫)~第131回直木賞受賞作品

2016年06月19日 | 書評ー小説:作者ア行

第131回直木賞受賞作品である『空中ブランコ』にはちょっぴり苦い思い出があります。伊良部シリーズは10年ほど前に友達から借りて読んだものですが、この『空中ブランコ』だけは返却されることなく私の手元に残ってしまったのです。なぜか。水をこぼしてしまい、一部ふにゃふにゃに変形してしまったから。友達には新しく買ってお返ししたので、変形した本はそのまま私の本棚に残った次第です。

さて、私にとってはちょっといわくつきの『空中ブランコ』ですが、シリーズ第1・3弾同様短編集で、表題作の他4編の短編が収録されています。

直木賞受賞作品である表題作がやはり秀逸で、かなり笑えます。患者さんは新日本サーカスに属する空中ブランコ乗りの山下公平。東京公演が始まってからキャッチャーとの連携がうまくいかず、何度も落下する、という失態を晒しており、昔からの仲間や奥さんから少し休むように諭され、またよく眠れなくなっているので興行地の近くにある伊良部総合病院の神経科にかかることになります。伊良部センセは例によって例のごとく取りあえず注射。その後は空中ブランコに興味を示して、自分もやると言ってきかない。ちゃっかり次の日からサーカスで空中ブランコの練習をさせてもらってる。患者の公平には注射と睡眠導入剤だけ。サーカスの団員たちはすんなり伊良部を受け入れ、彼が空中を飛ぶのをまるで空飛ぶクジラのごとく見物に来るようになります。「デブは絵になる」と公平も感心する始末。いいのか、医者がそれで?!と突っ込みたくなるのが常識人の思うところでしょうが、そんなジョーシキがこのトンデモ精神科医に通用するわけもなく。。。それでもなぜか結果的に患者がいい方に転がるから不思議なもので、藪なのか名医なのか。

『ハリネズミ』に登場するのはなんと先端恐怖症のやくざ。その設定だけで可笑しさがこみ上げてきますが、この御仁はお箸の先端にすら腰が引けて脂汗をかく始末。これではやくざを廃業するしかあるまいという状態で同棲中の女性に勧められて伊良部総合病院の神経科へ。伊良部センセは患者の先端恐怖症にかまわず、「逆療法」とか屁理屈をこねて、とにかく注射。それでも一応「サングラスをかけてみれば」とか「どの合わない眼鏡をすればあまり怖くないかも」などと実践向きのアドバイスをしたりして、やくざ屋さんにちょっと希望を与えます。このお話では伊良部センセは親身で付き合いのいい医者という役割で、とんでもないのは注射だけに留まっています。可笑しさはやくざ屋さんたちだけで醸し出している感じです。

『義父のズラ』では伊良部センセの同期たちが登場します。その中の一人で現在大学講師で附属病院勤務の池山達郎は、外科の元主任教授で現在は学部長の娘と結婚し、将来安泰の道を歩んでいる筈だったが、いつごろからか、義父のカツラを人前で引っぺがしたい衝動や何か人前でバカなことをしたい、ぶち壊したい衝動に駆られて自己コントロールに難儀するようになっていた。そこで同窓会で再会し、彼の強迫症を見破った伊良部に相談を持ち掛けます。伊良部センセが「代償行為」を提案し、大の大人が二人して歩道橋や信号機に書かれた地名をいじって(点を加えて)遊ぶというもの。『イン・ザ・プール』同様、伊良部の暴走に患者が引きずられ振り回される話。「全く大の大人が何やってんだか。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」と笑うしかないような。

『ホットコーナー』に登場するのは一塁送球がなぜか暴投になってしまうプロ入り10年のベテラン三塁手坂東真一。伊良部センセの診断は「イップス」。プロ野球選手が来たということで急に野球に興味を示し出す伊良部。あろうことかプロにキャッチボールの相手をさせます。ちょっと展開が『空中ブランコ』的ですが、違うのは伊良部が患者に「コントロールって何だろう」など基礎的でかつ普段は無意識的なことを質問して考えさせてしまい、そのせいで症状がどんどん悪化してしまうこと。終いには歩き方まで忘れました、みたいな。

『女流作家』ではまさしく女流作家が主人公。売れっ子の恋愛小説家星山愛子は執筆中に「これは前に書いたことのある職業ではないか?」「以前書いたネタじゃないか?」と気になり出して、自作の総点検をせずにはいられなくなる強迫神経症で嘔吐症も併発。患者の悩みもそっちのけで「小説ってどう書くの?」とあくまでもマイペースの自分の欲望に正直な伊良部。
実はこの星山さんは以前に身を削るようにして書いた小説が「名作」と玄人受けしていたのにもかかわらずあまり売れなかったことがトラウマになっていて、売れるものしか書けなくなっていたのです。結末はちょっとぐっとくるお話です。 小説家の≪産みの苦しみ≫と売れるものしか求めない出版社、軽いものしか求めない大衆の乖離を切なく抉り取っている感じです。もしかしたら作者奥田英朗氏自身の苦悩もここに反映されているのかも。その作家の悲哀と、人の評価をまるっきり意に介さず、適当に小説を書いて患者である星山氏の編集担当者に読ませて、「ねえ、いつ本になるの?」と無邪気に聞く伊良部との対比が絶妙なバランス感覚で提示されて、全体として悲喜劇となり、やっぱり笑うしかないような…

世の中の大抵の人は自分の矜持・プライドや地位、立場あるいは自分自身で作り上げてきたイメージや見栄などに縛られています。それを時として息苦しく感じたり、プレッシャーの方が勝ってしまう人も少なくないことでしょう。そうした中で、伊良部シリーズを読むと、「ああ、世の中勝手に生きたもの勝ちなのだ」と改めて考える次第です。作中で伊良部が同期の≪池ちゃん≫に「性格っていうのは既得権だからね。あいつならしょうがないかって思われれば勝ちなわけ」と語っていますが、まさにその通りだな、と思います。

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書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)

書評:奥田英朗著、『町長選挙』(文春文庫)


書評:奥田英朗著、『町長選挙』(文春文庫)

2016年06月18日 | 書評ー小説:作者ア行

『町長選挙』は伊良部シリーズ第3弾。第1・2弾同様独立性の高い短編が4編収録されていますが、4編のうち3編は収録順に読まないと少々の齟齬が生じる程度には関連性があります。なぜか伊良部センセが続けて有名人の主治医になりますが、相変わらず自由な非常識さと目立ちたがりで患者を惑わせて癒し(?)、破壊力満載です。

収録作品は以下の通り。

『オーナー』:大日本新聞会長かつ球団パワーズのオーナーである田辺満雄(通称ナベマン)が死の恐怖からパニック障害になり、医師会理事の経営する伊良部総合病院の神経科にかかることに。医師会理事子息のとんでもなさに呆れつつも、なぜか彼の指示に逆らえなくて振り回されます。なんだか途中気の毒になってきますが、すがすがしいハッピーエンドです。

『アンポンマン』:IT業界の若き事業家安保貴明(通称アンポンマン)はプロ野球チームの買収に乗り出し、ナベマンの起こすリーグ再編騒動を引っ掻き回したため、一躍有名人に。しかし、この人はひらがな健忘症?-ひらがなが書けなくなり、ローマ字で書いてしまったりするようになってしまいます。おかしさに気付いた秘書がやはり医師会理事のご威光に惹かれて伊良部総合病院の神経科へ。この患者さんに関しては伊良部センセのハチャメチャぶりより、看護婦のマユミの突っ込みが功を為したような…

『カリスマ稼業』:40代なのに異様に若いということで急に脚光を浴びてしまった女優の白木カオル。その若い外見を失ってしまうことに恐れをなし、少しでも贅肉になりそうなものを食べてしまうと即座に運動をして摂取したカロリーを消費せずにはいられない程神経質に。付き人の久美は看護婦のマユミのバンド仲間。そのよしみで速攻で運動したいカオルのために病院の場所を提供してもらうことに。ついでに伊良部センセの診察も受けます。この作品ではマユミがかなり活躍してますが、そのせいか破壊力は今一かも。

『町長選挙』:この作品の主人公は東京都庁から一応東京都に属する離島千寿島に出向した宮崎良平、24歳。島を二分する町長選挙にどっちの陣営からも激しいお誘いが来て神経をすり減らしている。そこへ無医状態を一時的に解消するため、医師会理事子息の伊良部一郎が派遣されてきます。この伊良部も、父親が福祉法人を運営し、過疎地に特養ホームを建設しているというところに目を付けられ、町長選挙にいやおうなく巻き込まれていきます。ただこの御仁は宮崎氏のように双方を断って板挟みになるのではなく、平気で「顧問料」を双方から受け取って「なるようになるさ」と開き直り、宮崎氏に深い絶望を与えます。都会の論理も正義も通用しないカネまみれの選挙。人口の30%が65歳という深刻な島の高齢化。そうした離島には離島に相応しいやり方がある、というような肯定的な結論で一応ハッピーエンド。ここでの伊良部センセの役回りは『愛すべきアホ』。

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書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)


書評:奥田英朗著、『イン・ザ・プール』(文春文庫)

2016年06月17日 | 書評ー小説:作者ア行

直木賞受賞作品である『空中ブランコ』の主人公であるトンデモ精神科医伊良部一郎シリーズの第1作目がこの『イン・ザ・プール』です。10年前の発売当初に友達から借りて読んだことがあったのですが、急に読み返したくなって、自分で買って読み直しました。やはり痛快ですこの人、伊良部一郎は。色白デブの35歳、独身。伊良部総合病院の跡取り息子にしてマザコン。病院地下で神経科を担当。来た患者には取りあえず注射を打つ。注射が打たれる瞬間が興奮するらしい。と特徴を書きだすとほんとにとんでもない人なのですが、その突き抜けだ非常識さ、人の眼や評価を一切気にしない自由さ、ナルシシズム入ってるかなりイタイ性格に患者が逆に一周回って癒されてしまうので、やっぱり名医?と判断にかなり迷うボーダーな人格。確かにこういう人物を目の前にしたら、何かを真剣に悩むのがばからしくなってくるかもしれません。

看護婦のマユミは伊良部の下でコーヒーを出したり、注射をしたりする無愛想な20代半ばの女性で、伊良部と絶妙の間合いで患者にプレッシャーをかける謎の人物。彼女の背景とか一切謎ですが、作品の程よい隠し味?いえ、どちらかと言うともうちょっと自己主張の激しいスパイス、になってますね。

『イン・ザ・プール』収録作品は表題作の他『勃ちっ放し』、『コンパニオン』、『フレンズ』、『いてもたっても』の4作品。それぞれ独立しているので、順番関係なしに読んでも、飛ばしても差しさわりがありません。

『イン・ザ・プール』の患者は下痢と不眠に悩む雑誌編集者。伊良部の勧めで水泳を始め、今度は水泳依存症に?伊良部センセもつられて水泳を始めるのですが…

『勃ちっ放し』の患者は陰茎強直症。題名そのまんま、なので仕事にもかなり差しさわりが出てます。どうやら感情を抑え込む本人の代わりに性器が怒りを表明しているらしい?

『コンパニオン』の患者は被害妄想でストーカーにつけ回されていると不安を訴えるアイドルモデル。

『フレンズ』の患者はケータイ依存症の高校生男子。連絡がつかなくなることを極端に恐れ、常につながっていようとするため、ケータイが使えない状況に陥ると、動機やめまい、発汗などの症状が出ます。

『いてもたっても』の患者は典型的な脅迫神経症のルポライター。家が火事にならないか心配で火の元の確認をしないと何度もしないと家を出られなくなってます。

『勃ちっ放し』以外はどれも現代ストレス社会にありがちな悩みや症状ですが、伊良部センセはカウンセリングは無駄というスタンスで、注射以外は多分行動療法?みたいなことをしますが、結局自分の楽しいことしかしていないのではなかろうか、と思えることばかり。その非常識なあっけらかんとした態度は読んでいて「あり得ん!」と笑えます。そういう意味では『癒しの本』かも。

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書評:『Der Erste Weltkrieg(第一次世界大戦)』、シュピーゲル出版

2016年06月14日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

ヴェルダンの戦い100周年ということもあって、シュピーゲル出版から出ている『Der Erste Weltkrieg:Die Geschichte einer Katastrophe (第一次世界大戦:破滅の歴史)』を読みました。この本は編纂者だけでも三人いて、執筆者は21人。歴史研究家やシュピーゲルのジャーナリストたちが執筆に当たり、第一次世界大戦を様々な角度から切り込んだ記事が集められています。「Die große Krise (大きな危機)」、「Im Krieg (戦中)」、「Epochenwende (時代の転換)」、「Der lange Weg zum Frieden (平和への長い道のり)」の4部構成になっています。ハードカバー302ページ。

ページ数的にも内容的にも読むのはハードでした。個々の記事は比較的短いので、その点は読みやすく、中断もしやすかったです。

 

サラエボでオーストリア・ハンガリー帝国皇太子夫妻が暗殺されたことで始まった第一次世界大戦ですが、暗殺事件から開戦に至るまでの過程は大して知りませんでした。実は高齢のオーストリア・ハンガリー皇帝フランツ・ヨーゼフは戦争には乗り気ではなかったのに、ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム2世が彼に開戦するよう積極的に働きかけていたのですね。もちろん極秘裏に。外交的には「戦争しません」という態度を見せていながら。背景にあるのはドイツの「敵に囲い込まれている」という被害妄想で、この囲い込みを打ち破るために戦争が必須だと考えていたからです。加えて軍上層部の過信と敵(特にフランス)に対する侮り及びヴィルヘルム2世の無能さが重なって戦争に突入し、ヨーロッパ全土に惨劇をもたらすことになったワケです。つまり、第一次世界大戦におけるドイツの責任は重大で、その見方がヴェルサイユ条約にもおもむろに反映されています。

おや?と思ったことは、イギリスとフランスが正式な軍事同盟を結んでいたわけではなかったということですね。イギリス王室は周知の通りドイツ系で、政府も親ドイツ派が結構多かったそうです。ただ、ドイツがフランスを攻撃するために中立のベルギーに侵攻し、通過のためにはじっこの領土を持っていくにとどまらず、ベルギー中枢部へも侵攻し、市民を惨殺し、有名なルーヴェンの図書館も破壊してしまったことが知れ渡ると、一気に反ドイツ機運がイギリスで高まり、王家はドイツ語の家名ザクサン・アンハルト・ゴータからウィンザーへ改名するはめになりました。ベルギーの中立はイギリス王家によって保証されていたため、それを破ったドイツに宣戦布告する流れに。

なるほど!これは知りませんでした。

ドイツ帝国は自らの愚策によってイギリスと、後にUボート攻撃でアメリカを参戦させてしまって墓穴を掘った感じですね。同盟国であるオーストリア・ハンガリーとオスマントルコ帝国は多民族国家ならではの問題を抱えていて、戦争で大量の兵士を動員することによって内部崩壊を起こすほうが、軍功を挙げるよりも速かったみたいです。

第一次世界大戦の犠牲者数などの統計はどこにでもありますが、面白いと思ったのは手紙や小包などの郵便物の統計。戦中4年間で、前線とドイツ本土でやりとりされた郵便物の総数はなんと287億!最も多かったのが家族から全線で戦う兵士へ送られたタバコや食料、手袋やリストバンドなどの愛情のこもった小包だったとか。
そして前線のドイツ兵士たちは一日に平均680万通!!!の手紙あるいははがきを出していたそうです。郵便配達はさぞかし大変だったことでしょう。
前線では兵士が毎日ボロボロ死んでいくので、郵便物の配達が間に合わず、「Unzustellbar (配達不能)」あるいは「Tot(死亡)」と走り書きされて差出人の元に送り返されました。軍から正式な死亡通知が出ず、郵便物が戻ってくることで身内の戦死を初めて知ることになった家族のやるせなさが目に浮かぶようです。実際にこのやり方への苦情が相次いだそうですが。 

 

最後の章、「平和への長い道のり」ではいかに第一次世界大戦後の和平交渉の中に次の大戦の種がまかれていたかを考察する記事が集められています。政治的変化で言うなら第二次世界大戦後よりも第一次世界大戦後の方が変化が大きかったですね。何せ4つの帝国(ドイツ、オーストリア・ハンガリー、オスマントルコ、ロシア)が滅んだのですから。ロシア帝国の崩壊は、ドイツがレーニンを送り込み、彼の革命運動を数百万ゴールドマルクの支援金で支えて、革命の成功に一役買っています。ロシア帝国はソビエトに、ドイツ帝国はドイツ(ワイマール)共和国に引き継がれましたが、他民族を支配していたオーストリア・ハンガリーとオスマントルコの崩壊は、覇権の真空状態を生み、次の紛争を招かずには済まなかったのは周知の通りです。

 


ドイツ連邦議会、「アルメニア人大量虐殺」認定満場一致で決議。ドイツ・トルコ関係に翳り

100年前のヴェルダンの戦い(第1次世界大戦)~本日追悼式典。オバマ大統領広島訪問を考える。


ドイツ:世論調査(2016年6月3日)~イギリスはEUに留まるべき

2016年06月09日 | 社会

ZDFの世論調査ポリートバロメーターが6月3日に発表されましたので、遅ればせながら以下に結果を私見による解説を加えつつご紹介いたします。

Brexit

イギリスでのEU離脱に関する国民投票が近づいています。EU離脱の経済的影響の見積もりなどが頻繁にメディアを騒がせています。イギリス人のほうは賛否半々のようですが、ドイツ人の7割近くはイギリスのEU離脱に反対しています。

Brexit(イギリスのEU離脱)についてどう思いますか?:

いい 8%
どちらでもよい 23%
悪い 67% 


Brexitはどのくらいドイツに経済的損害を与える?:

非常に大きい 4%
大きい 29%
それほど大きくない 44%
全くない 11%
分からない 12% 

Brexitのドイツへの経済的影響が少ない、あるいは全くないと思う人が過半数を占めていますが、だからといってイギリスのEU脱退がよいと思っているわけではない、というのがドイツ世論の平均的見方といえるようです。


難民問題・トルコ関係

EU・トルコ難民協定は、トルコの反テロ法改定拒否によって、行き詰まりつつあります。反テロ法改定はトルコ人に対するEUでのビザ義務撤廃の条件のひとつとなっているにもかかわらず、エルドアン大統領は強硬姿勢を崩さず、反テロ法に関してEUから指示を受ける筋合いはないと主張する一方、難民対策に協力する代償としてビザ義務撤廃を断固要求しているのです。そういう交換条件ではなかった、思う人は多いでしょうが、こうした問題はトルコのファッショ傾向を考えれば想定内のことともいえます。この問題に加えて、先日のドイツ連邦議会でのアルメニア人ジェノサイドの認定決議がトルコ関係をよりいっそう緊張させています。エルドアン大統領はドイツのトルコ系議員を特に攻撃し、「血液検査を受けさせるべきだ」、「トルコの血が腐っている」、「テロリストの手先」などと信じられない非難を公に行っています。それに対してメルケル首相はトルコとの関係悪化を恐れて、するべき批判すら控えているように見受けられます。

トルコ批判は難民政策を脅かさないために控えるべき?:

はい 12%
いいえ 83%
分からない 5% 

 

そして毎度お馴染みの質問。

アンゲラ・メルケルの難民政策を良いと思いますか?:

いい 54%(3週間前は49%)
悪い 42%(3週間前47%)
分からない 4%(変化なし)
 

 

ドイツはたくさんの難民を受け入れることができますか?:

はい 61%
いいえ 38% 

一時期の反難民ムードはまた影を潜めたようです。楽観的な難民受け入れ肯定派が増加傾向にあります。

 

犯罪対策

最新の犯罪統計(2015年度)が公表されたばかりですが、それによれば空き巣・押し入り強盗が目立って増加しており、2015年度は21世紀最高記録となったそうです。トータル167.136件で、前年比約10%増。事件解明率は14.1%ときわめて低く、犯人が有罪判決に至ったケースは全体のわずか3%。

政治的動機による犯罪も39,000件で、前年比19.2%増加しました。右翼系犯罪は34.9%増。政治的動機による暴力も30%増の約4400件で、今世紀最多となっています。

国内の犯罪によって脅かされていると感じますか?

はい 36%(4月、29%)
いいえ 64% (4月、71%)

4月と比べて犯罪に脅かされていると感じる割合が増えているのは、犯罪統計の公表によるところが多いと思われます。

 

犯罪政策ではどの政党が一番優れていると思いますか?:

CDU/CSU 34%
SPD 9%
左翼政党 3%
緑の党 3%
FDP 1%
AfD 6%
どの政党でもない 16%
分からない 27% 

 

サッカー・ヨーロッパカップ

フランスで開催されるサッカー・ヨーロッパカップでテロがあると思いますか?:

はい 65%
いいえ 33%
分からない 2% 


ドイツはヨーロッパカップでどこまで進むと思いますか?:

予備選だけ 1%
1/8決勝 3%
準々決勝 17%
準決勝 25%
決勝 44%
優勝 39% 

 

政党・政治家評価


来年は連邦議会選挙ですので、そろそろ次期首相候補の議論が始まっています。

次期首相候補として誰が良い?:


アンゲラ・メルケル(CDU):
全体 58%
CDU/CSU支持者 87%

 ジグマー・ガブリエル(SPD)
全体 36%
SPD支持者 49% 


2017年2月に大統領選挙があります。

ヨアヒム・ガウク大統領の二期目を良いと思いますか?

はい 70%
いいえ 22%
分からない 8% 


7割の人がガウク大統領続投を希望していますが、6月7日に本人は高齢を理由に次期大統領として立候補しないと宣言しました。現在後継者探しの議論真っ最中です。

 

AfD(ドイツのための選択肢)の副党首アレクサンダー・ガウラントが5月末にサッカー選手ジェローム・ボアテングを「サッカー選手としてはいいが、隣人であって欲しくはない」と侮辱したことで物議を醸し出しています。ボアテング氏はベルリンでガーナ人の父とドイツ人の母から生まれたので、外見はともかくドイツ国籍のドイツ人です。6月8日のForsaの世論調査では、全体の94%がボアテングを隣人として好ましいと答えています。東ドイツではさらに人気があり97%の人が肯定的回答をしました。AfD支持者でさえ88%は隣人ボアテングを肯定的に見ています。そのため、ガウラント氏の発言は党内でもかなり顰蹙を買っています。ガウラント氏はメディアが彼の発言を曲解し、間違って引用した、と非難の矛先をメディアに向けようと必死ですが、効をなしてはいないようです。

AfD内では極右的考え方が蔓延っていますか?:

非常に蔓延っている 33%
蔓延っている 42%
それほどでもない 16%
全くない 2%
分からない 7% 

 

 

政治家重要度ランキング(スケールは+5から-5まで)

  1. ヴィルフリート・クレッチュマン(バーデン・ヴュルッテンベルク州首相、緑の党)、2.4 (前月比+0.2)
  2. フランク・ヴァルター・シュタインマイアー(外相)、2.0(+0.1)
  3. ヴォルフガング・ショイブレ(内相)、1.7(+0.1)
  4. アンゲラ・メルケル(首相)、1.5(+0.1)
  5. グレゴル・ギジー(左翼政党)、1.1(+0.2)
  6. トーマス・ドメジエール(内相)、0.7
  7. ウルズラ・フォン・デア・ライエン(防衛相)、0.6(変化なし)
  8. ジーグマー・ガブリエル(経済・エネルギー相)、0.5(+0.1)
  9. アンドレア・ナーレス(労働相)、0.4(初ランクイン)
  10. ホルスト・ゼーホーファー(CSU党首・バイエルン州首相)、0.3(変化なし)

 

 

連邦議会選挙

 

「もし次の日曜日が議会選挙ならどの政党を選びますか」:

 

CDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟) 33%(変化なし)
SPD(ドイツ社会民主党)  21% (変化なし)
Linke(左翼政党) 9%(+1)
Grüne(緑の党) 13%(-1)

FDP (自由民主党) 6%(-1)
AfD(ドイツのための選択肢) 13%(変化なし) 
その他 4% (+1)

 

1998年10月以降の連邦議会選挙での投票先推移:

 

 

政権に対する満足度(スケールは+5から-5まで): 0.8(前回比+0.2)


経済問題

一般的な経済状況:

いい 58%(前回比+1)
どちらとも言えない 36%(変化なし)
悪い 6% (変化なし)


自分の経済状況:

いい 65%(前回比+7)
どちらとも言えない 29%(-5)
悪い 6%(-1) 


ドイツの経済は今後…?:

よくなる 26%(前回比+2)
変わらない 53%(-1)
悪くなる 18% (-1)


この世論調査はマンハイム研究グループ「ヴァーレン(選挙)」によって行われました。インタヴューは偶然に選ばれた有権者1.292人に対して2016年5月31日から6月2日に電話で実施されました。

次の世論調査は2016年6月24日ZDFで発表されます。

 


参照記事:

ZDFホイテ、2016.06.03、「ポリートバロメーター」 

ZDFホイテ、2016.05.23、「犯罪統計:空き巣急増
ディー・ヴェルト、08.06.2016、「AfD支持者の88%がボアテングを隣人に欲しい」 


EUの難民政策~アフリカ諸国と協定?

2016年06月08日 | 社会

バルカンルートが封鎖されてから早5か月。新ルートはトルコ→クレタ→イタリア、あるいはリビア沿岸から直接イタリア・ランペドゥーザへ向かうルートで、ボートでの航海距離が長いため、エーゲ海を渡るだけだったバルカンルートよりもずっと危険性が高くなっています。国連の統計によれば、今年すでに20万人以上が地中海ルートでEUに渡ってきましたが、地中海での溺死者は2443人。地中海沿岸のアフリカ諸国にはさらに数十万人の移民希望者がヨーロッパ渡航を待っているようです。

殆ど使われていないルートはトルコからブルガリアに入るルートです。ブルガリア側では市民防衛団のようなものが結成され、トルコ国境に繋がる森林地帯をパトロールし、難民を確保したら、トルコに送り返す、ということをしているようです。これを受けてブルガリア政府は市民団が暴走したりしないように、警察を派遣して協力体制を整えるようにするらしいです。

欧州委員会は、これ以上の地中海渡航者を防ぐため、及び既にヨーロッパ入りした難民たちの祖国送還を円滑にするため、EU・トルコ難民協定を例に、アフリカ諸国及びシリア周辺国とも協定を締結することを審議しています。欧州委員会の素案に挙げられている国はヨルダン、レバノン、チュニジア、ナイジェリア、セネガル、マリ、ニジェール、エチオピア、リビアです。素案によれば、難民の渡航を止めずに放置している国には経済的制裁、密航業者の取り締まりなどによって危険な渡航を防止することに協力的で、ヨーロッパから難民認定されなかった自国人を引き取る国には経済的援助(ODAや貿易関係での優遇措置)を与えるという「飴とムチ」の政策が協定の骨格のようです。

ドイツは既に単独で、モロッコ、チュニジア、アルジェリアと難民引き取り協定を結んでいます。それをEUレベルで実施するもの、と考えて良さそうですが、国によっては賄賂の蔓延る政権・行政機関に支援することになってしまうため、経済難民が発生する根本的原因を取り除くことにはならない可能性が高いです。欧州委員会は、このような移民・難民パートナーシップに2020年までにおよそ80億ユーロの予算を見積もっています。今秋に投資計画を発表する予定です。移民・内務総局局長ドミトリス・アヴラモプロスは、関係諸国が全て企画に乗れば、最終的に総額620億ユーロに及ぶ投資になる、と楽観視しています。その通りになるかどうかはふたを開けて見ないことには分かりません。欧州議会のキリスト教民主党議員団長のマンフレット・ヴェーバーは、EU各国がとっくに合意されたアフリカ緊急援助基金に殆どお金を払い込んでいないことを嘆いています。この基金はアフリカ諸国の難民かの原因である貧困問題に対処するために設立されました。既にあるものも入金不足で機能していないのに、更なる投資プログラムが果たしてうまくいくのか甚だ疑問です。

参照記事:
ZDFホイテ、2016.06.07、「飴とムチの難民政策
ディー・プレッセ、2016.06.03、「クレタ島、リビア沿岸部の難民惨事、死者多数」 


EU・トルコ難民協定~中間統計

EU難民申請数統計(2015):ハンガリーが人口比最大


ドイツ連邦議会、「アルメニア人大量虐殺」認定満場一致で決議。ドイツ・トルコ関係に翳り

2016年06月02日 | 歴史・文化

ドイツ連邦議会の「アルメニア人大量虐殺」認定

ドイツ連邦議会は本日(2016/6/2)、第1次世界大戦時のオスマントルコ帝国によるアルメニア人などのキリスト教徒の追放・虐殺が「大量虐殺(Völkermord、フェルカーモルト=ジェノサイド)」であることを認める決議文をほぼ満場一致で採決しました。とはいえ、メルケル独首相、ガブリエル経済・エネルギー相(副首相)などを始めとする大臣らは欠席で、決議に参加した大臣はたったの3人:ヘルマン・グレーエ保健相、アンドレア・ナレス労働省、トーマス・ドメジエール内相。欠席した理由は、他の緊急の用事のためとなっていますが、ただでさえ難民問題解決のためのEU・トルコ協定の不十分な進捗状況で緊張しているトルコとの関係に火に油を注ぐようなことをしたくない、という意図が透けて見えています。

アルメニア決議文が完成したのは5月31日でしたが、その後在独トルコ人団体のデモや議員への圧力・脅迫やエルドアントルコ大統領自らの警告もあり、決議文が採択された暁にはトルコ側からの何らかの報復があると予想されていたので、トルコ側への刺激を緩和するための政府要人欠席という運びとなったのでしょう。

決議文の採択の際は反対1、棄権わずかで、ほぼ満場一致の決議となりました。決議文全文の拙訳はこちら

決議文にはドイツが1915-16年の出来事を「ジェノサイド」と認める理由としてドイツの歴史的責任を挙げています:「その責任にはトルコ人とアルメニア人が過去の溝をのりこえて和解と相互理解への道を探るよう助けることも含まれています。和解プロセスは過去数年滞っており、緊急に新たな弾みを必要としています」。またドイツ国内にはトルコ系住民がおよそ280万人いますが、アルメニア系住民も5-6万人います。この決議文はドイツ国内のトルコ人とアルメニア人の和解を促すものでもあります。和解と相互理解は歴史と正直に向き合うことを礎石として初めて成り立つものであるため、「加害者の罪と現在生きている者の責任を区別する必要がある」ことを踏まえつつ歴史的出来事を徹底的に論究すべきだ、というのがドイツの基本姿勢です。だからこそドイツはこれまでナチスの過去を徹底追及し、その歴史的責任を果たすために謝罪や補償を行ってきました。この決議文にはトルコもそのように責任を果たすべきだとは直接には書いてありません。あくまでも当時のオスマントルコ帝国の同盟国としてのドイツ帝国の歴史的責任を問い、「ジェノサイド」が正しい歴史的認識であることを認め、ドイツの歴史的責任を果たすための措置をドイツ連邦政府に求めているだけです。

2015年4月15日には欧州議会でも「ジェノサイド(大量虐殺)」と表現する決議が採択されており、フランス、イタリア、オランダを含む20か国以上がアルメニア人ジェノサイドを公式認定しています。ローマ法王も昨年「20世紀最初のジェノサイド」と語っていました。1985年には国連の公式文書に「アルメニアン・ジェノサイド」の概念が用いられていました。

ドイツではヨアヒム・ガウク大統領がジェノサイド100周年である2015年4月に「ジェノサイド」の言葉を初めて使いました。ドイツ連邦議会は2005年に「追放(Deportation)と大虐殺(Massaker)」を使い、「ジェノサイド(Völkermord)」は退けられました。昨年になってようやくCDU/CSUとSPDの連邦議会議員団が「ジェノサイド」という言葉を使用した共同声明について合意しましたが、決議文採択はトルコ及び在独トルコ人への配慮から一時中断されました。

 

日本語メディアでもこのドイツの決議が多少取り上げられていますが、歴史的背景が分かるほどの記事は殆ど無いようです。

 

アルメニア人大量虐殺で150万人近く死亡

事件が起きたのは第1次世界大戦中でしたが、そこに至るまでの一連の政治的状況は1909年にオスマン帝国において若い国粋主義者が権力を握り、単一帝国を創設し、トルコ語を標準語と定め、イスラームを唯一の文化的宗教的基盤として定着させることを目指したことに端を発しています。オスマントルコが1915年1月、対ロシア攻勢に失敗した後、4月24日に計画的迫害が始まりました。アルメニア人やその他のキリスト教徒のエリートが数千人逮捕され、処刑されました。そして数十万人が追放後の行進中に命を落としました。1915-1916年の間におよそ80万から150万人が死亡したと見られています。オスマントルコ帝国とドイツ帝国は第1次世界大戦時同盟国でした。歴史研究家はドイツ軍および外交官らはこのアルメニア人に対する大虐殺のことを知っていたため、彼らにはこの大虐殺に対する責任の一端があると言っています。第1次世界大戦終了後、西側戦勝国は戦後裁判を開始し、イスタンブールの裁判でその犯罪が中央政府によって準備されたことが証明され、17人が有罪・死刑判決を受けました。、うち三人が死刑執行されました。首謀者は逃亡しましたが、何人かは後にアルメニア人の死客に殺害されたようです。

 

トルコ及びアルメニアの反応

予想されていたことではありますが、ドイツ連邦議会のアルメニア決議に対するトルコ人の怒りは激しく、過激な発言・反応が目立っています。在独大使は相談のためにアンカラに呼び戻され、トルコ法相Bekir Bozdağは「あなたはまずユダヤ人たちをオーブンで焼き殺し、それから立ち上がって、トルコ国民をジェノサイドの誹謗中傷で訴える。」「ドイツ人は自国の歴史だけを気にかけろ」などと発言。ナイロビにいたエルドアン大統領は「ドイツの国会がした決議はトルコ・ドイツ関係に深刻な影響を与える決断だ」とし、帰国後速やかに相応の対応を審議すると脅しをかけました。しかし、トルコ首相Binali Yıldırımはトルコは過剰な反応はせず、難民に関するEUとの協定は守ると発言しています。トルコ外相Mevlüt Çavuşoğluはドイツ連邦議会の決議は「無責任かつ無根拠」であり、「レイシズムに限りなく近いトルコ及びイスラムに対する敵意」がその根底にあると非難しています。

1915-16年の出来事はジェノサイドであったと既に20か国以上が認めている事実を無視しているのか、それともそれらの国全てが間違っていて、トルコに敵意を持っていると考えているのか腑に落ちないトルコの反応ですが、ファッショ傾向を強めつつあるトルコの今後が要注意であることは確かですね。EUがビザ義務撤廃の条件の一つとして要求している反テロ法改正にトルコ政府は断固抵抗して、国外からの命令は受けないという強硬姿勢を示しており、EU・トルコ間難民協定の先行きが危ぶまれています。それ以外にもドイツのコメディアンがショーの中でエルドアン大統領をコケにした件で、コメディアンを侮辱罪で訴えるなど既にドイツ・トルコ関係は軋み出しています。

一方、アルメニアの方はドイツ連邦議会の決議を概ね歓迎しており、国際的な議論に貢献するものと見ています。まあ、当然ですね。アルメニア外相Edward Nalbandianは、「かつてのオスマントルコ帝国の同盟国としてドイツとオーストリアが相応の責任を認めているのに対して、トルコはジェノサイドの反論の余地のない事実を頑固に否定している。国際社会は、トルコが自国の歴史と向き合うことを既に101年待っている」とコメントしました。

南京大虐殺や慰安婦問題を認めようとしない日本政府とアルメニア人ジェノサイドを頑固に認めようとしないトルコはかなり親和性が高いようです。もっとも現日本政府にとっては100年以上も前のトルコの出来事など微塵も関心がないでしょうけど。


参照記事:
ZDFホイテ、2016.06.02、「連邦議会の複雑な60分」 
ターゲスシュピーゲル、2016.06.02、「アルメニア決議文全文:”私たちは大虐殺の犠牲者の方々に首を垂れる”
ツァイト・オンライン、2016.06.02、「自国の歴史だけを気にかけろ」 
ライニッシェ・ポスト、2016.06.02、「トルコはドイツから大使を呼び戻す」 

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