徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

感想:ヴォルフガング・ゲーテ著、「パンドラ」(オーディオブック)

2016年11月05日 | 書評ーその他

ヴォルガング・ゲーテの作品をCD40枚のオーディオブックにしたこのセットを買ったのは1年くらい前かと思いますが、かの有名な「ファウスト」を聴いてからなんとなく気がそれてしまい、そのまま放置してました。

今日はたまたま気が向いて「パンドラ」を聴いてみました。だいたい1時間くらいです。

1807年と1808年に発表された、ギリシャ神話をモチーフにした祝祭劇ですが、未完作です。

劇なので、言葉のリズムは心地よくていいのですが、やはり言葉が古臭いのと、リズムを保つために、通常の語順(シンタックス)が部分的に破壊されていることから、パッと聴いて理解できるものではないのが難点です。

パンドラは、ヘパイストスがゼウスの命令により、粘土で作った美しい女性。プロメテウスがゼウスの火を盗んだ罰として、その兄弟であるエピメテウスがパンドラを娶ることになった、というのが神話の語るところですが、この祝祭劇ではパンドラを失ったエピメテウスの嘆き、残された娘エピメレイアを守ることそしてプロメテウスとの語り合い(取り合い?)が中心になっています。パンドラについては美しいという以外の要素(人格的なすばらしさとか)は全く語られず、男たちが惚れこむのに「美しさ」と「誘うような態度」以外の理由などない、と言わんばかりです。

聴いていて、いかにも男目線のドラマだな、という感想しか抱けませんでした。「もう、勝手にやってくれ」みたいな。。。


CETA調印。しかし抵抗は無駄ではない!

2016年11月02日 | 社会

先週はカナダとEUの自由貿易協定CETA(総括的経済貿易協定)がベルギーの一地方議会であるワロン地方議会の反対によって調印が遅れる事態となり、「もはやこれまでか?!」などとメディアでは大騒ぎになっておりましたが、CETA反対者は逆にワロン人応援署名を集めるなどして、ワロン人地方議会を、ローマ帝国に最後まで屈することなく抵抗するガリア人集落アストリックスとオベリックスのごとく英雄視していました。署名は環境保護団体ブントによれば、5万筆近く集まったそうです。

CETA反対の立場から言えば、「残念ながら」CETAは3日遅れで10月30日に調印されました。ところが、ワロン地方議会は「賛成」に回る条件をいくつか出しており、それが実に秀逸でした。

まず一番問題となっている投資家保護条項(ISD条項)は、CETAの仮運用機関において適用されないこと、及び、欧州裁判所によってこの条項が適法であるか否かを審議・判断されることです。前者に関してはドイツの憲法裁判所も調印の条件としていましたが、後者の要求は新展開と言えます。

それ以外のベルギーの特記事項は、自国産業(特に農業)の存続に関することで、存続が危うくなると判断される場合には保護条項が適用されることになっています。

その他、CETA反対論者たちを手懐けるために、特記事項として、社会保障や環境保護スタンダードを改悪してはならないとか、多国籍企業が都合の悪い法律の成立を阻止しようとしたり、自治体に例えば水道供給の民営化を強要してはならない、などが盛り込まれています。だから「心配いらない」というわけなのですが。。。

さて、CETA調印後は、欧州議会で審議・承認され次第、すぐに(ISD条項を除く)仮運用となりますが、実はこれからが長い道のりだったりします。加盟28か国でそれぞれに批准しなければいけないからです。正確には28国の議会及び16の地方議会の批准が必要となります。各国の批准は来年になると見られています。

環境保護団体ブントによれば、ベルリン州ではすでに連邦参議院でCETAに反対することを公表しています。バイエルン州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、ノルトライン・ヴェストファーレン州では反CETAの住民請願が開始されました。

CETAの反対運動はドイツが一番盛んですが、他の国にもかなりの抵抗勢力があるため、CETAが批准マラソンを生き延びられない可能性は低くないと見られていますし、私もそのように希望します。

ISD条項が完全に撤廃され、企業は須らく各国の法に従うよう強要され、また、社会保障や消費者保護、環境保護が「特記事項」に反して改悪された場合の罰則なのが明確に規定されれば、条約を批准しても大丈夫かな、とは思いますが、もう一つの懸念事項である「自国産業の保護」は自由貿易の建前にはそぐわないので、匙加減が難しいところです。

いずれにせよ、期待される「経済効果」とやらは結局大企業の懐に収まり、EU内の特に南欧の若年失業問題はこれっぽちも解決されず、格差が広がるのに拍車がかかることは請け合いです。

それは基本的に日本で今強行採決されようとしているTPPにも言えることだと思います。アメリカが調印を躊躇しているのに、なぜ日本が急ぐ必要があるのか意味不明ですが、それは安倍政権下ではむしろ「普通」なので、これ以上ここでは何も言いません。

参照記事:

フランクフルター・アルゲマイネ、2016.10.30、「CETAは調印された
ターゲスシャウ、2016.10.31、「調印にもかかわらず、CETAのための障害物競走は今から始まる」 
環境保護団体ブント、「メルシー、ワロン!」 

 


CETA:やっぱり加盟各国の国会で審議・批准 ー 欧州委員会の妥協

CETA ~いつから反対者が悪者になった?

 


書評:ピエール・ルメートル著、『死のドレスを花婿に』(文藝春愁)

2016年11月01日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『死のドレスを花婿に』は毛色が変わっています。

悪夢に苦しめられるのが怖いから、眠らない。何でも忘れてしまうから、行動を逐一メモにとる。それでも眠ってしまうと、死者たちが訪れる。ソフィーの人生は、死と血、涙ばかりだ。でも、ほんの一年前まで、彼女は有能なキャリアウーマンだった。破滅への道は、ちょっとしたことから始った。そしていつしか、ソフィーのまわりに死体が転がりはじめたのだった。”

物語は4部あり、「ソフィー」、「フランツ」、「フランツとソフィー」、「ソフィーとフランツ」となっています。

まずは何やら不穏なプロローグで、床にぺったり座って、背中を壁にあてたまま少年レオ(6)の死に呆然とし、泣き喘ぐソフィーというシーンが提示されます。前後関係が全く不明なので、「なんだろう?強盗にでも??」と読者に興味を持たせて本筋に入っていきます。第1部ソフィーの章は商品紹介にある内容を交えつつ、レオの死後という現在の彼女の行動を追っていくのですが、レオの死も彼女が彼を殺すシーンはもちろんなく、結果だけがそこにあり、ソフィーはそれを記憶の飛んでいる間に自分がやったに違いないと思って逃走を始めます。その同じ日にリヨン駅で偶然知り合った女性に招かれ、ごはんをごちそうになった後に、ソフィーはめまいを起こし、倒れてしまうのですが、彼女が目が覚めると、なぜか包丁を持っており、横にはソフィーを招いた女性が倒れているという事態。はっきり言って、第一部は色んな事が起こり、何人か死人が出るのですが、どれも謎めいていて、「何がどうなっているのかさっぱり分からない」感じです。ソフィーとやらは気狂いで殺人鬼??

そしてその謎の大半は第2部のフランツの章で解き明かされ、呆気にとられます。いかに他人を狂気に陥れるかという妄執的な努力がそこに集約されています。読んでいるだけでぞっとするような執念がそこに!読むのを断念したくなるほど気持ちが悪い!

ソフィーは逃亡生活に終止符を打つため、偽の出生証明書を手に入れ、マリアンヌ・ルブランとしてそのフランツと結婚するのですが、その結婚生活は第3部で描かれ、第4部で逆転劇。でも主人公のソフィーは二度とソフィーとしての生活には戻れないのだけど、そのままで果たしていつまで続けられるのやらと疑問も残ります。

ヴェルーヴェン警部シリーズの3作もそれぞれ特徴がありましたが、そのどれとも共通しないのがこのサイコサスペンスです。まあ「死人がたくさん出る」という点では共通しているにはしてますが、それは大抵のミステリーの特徴でもあるので…

この作品は、ソフィーとフランツの二人に焦点を当て、クローズアップしているので、この二人の思考や心理描写や行動は微に入り細にわたるわけなのですが、その他の登場人物は2次元的背景に埋没していると言ってもいいほどぼやけてしまっています。それでも物語には支障は出てきませんが、もうちょっとソフィーの親友ヴァレリーやソフィーの父パトリックを書き込んでもよかったのではないかと思えます。

全体的な評価は「中の上」くらいでしょうか。好みの問題だと思いますが、私は『その女アレックス』や『悲しみのイレーヌ』の方が面白かったと思います。

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書評:ピエール・ルメートル著、『その女アレックス』(文春文庫)

書評:ピエール・ルメートル著、『悲しみのイレーヌ』&『傷だらけのカミーユ』