キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

知る

2020年11月12日 | 二次創作・短文
 気持ちばかりが先走って、館の主を困惑させてしまった。それは、見ればわかる。わかるがしかし。何がツボにはまったのか、笑い出される始末だ。
 ただ、その笑いには、怒りも揶揄も、感じない。
 例えば怒り。胃の辺りが熱くなる。
 例えば悲しみ。文字通り胸が痛くなる。
 視線の先にいる誰かの感情は、何かしら身体に影響があって、この人の感情はまっすぐで、どうあれ心地が良い。
 間抜けを笑ってくれればいいものを、そういうわけではないらしい。
 居候になったのは、それなりに理由がある。敵が同じ。表沙汰にしたくない戦闘の相談がしやすい。自分に定まった家がない。優先順位が最も高い人物が同じで、互いの都合に融通を利かせやすい。
 同じ邸宅にいたって、必要がなければそれぞれのことをするのがいつものことだった。そのいつもを、変えてみたくなった。
「知るべきことも多いでしょうが、自ずとそうでないことも互いに知ることとなるでしょう。今更言うことではないのでは」
 お互いに、話していないことはたくさんある。伝わらないようにしていることも。伝えられずにいることも。
 同じ酸味なら、木イチゴよりもスグリ。きっとそうだろうと思って、緑を選んだ。
 緑色のスグリは、赤いスグリよりも酸味が強い。甘味のないスコーンに、薄い緑のクリーム。薄い、緑。クロテッドクリームに果汁を混ぜたものだ。スグリは皮ごとすりつぶした。厨房で夜通し牛乳を煮詰めるのは、行軍中の火の番を思い出して、何だか懐かしかった。交代の時間が近づく頃合いに焼けるよう干し肉を炙ったのは、もう何年も前だ。
 君を知りたい。自分を知って欲しい。
 子供のように緊張して言うことではなかったはずだ。
「それとも、“知る”とは別の意味でしょうかな」
 子供をあやすように口許が笑む。
 そうかも知れない。何かが頭の中ではじけた。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 軽くなったつもりで | トップ | 何もしない日があっても良い... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

二次創作・短文」カテゴリの最新記事