上脇博之神戸学院大学教授に聞く(上)
自衛隊明記のもくろみ
安倍晋三首相のもと自民党憲法改正推進本部がまとめた改憲条文素案「Q&A」を、同党はこの2月に所属国会議員に配布しました(2月24日付既報)。「Q&A」の問題点や狙いについて、神戸学院大学の上脇博之教授(憲法学)に聞きました。
―「Q&A」は、憲法9条の条文を残したうえで、新たに加えた条項で自衛隊を明記するから「これまでの憲法解釈についても全く変えること」はないと解説しています。
かつての自民党政権の憲法解釈では、自衛隊はもっぱら他国の攻撃から国を守るためにあるという「専守防衛」の立場でした。「他国を衛(まも)る権利」である集団的自衛権の行使は違憲と解釈していました。この解釈が「自衛隊明記」後も変わらないと勘違いする国民もいるでしょう。
9条無視の解釈
しかし安倍政権はその解釈を本質的に変更する閣議決定で集団的自衛権の行使を容認し、海外での武力行使の道を開いた戦争法の制定を強行しました。「変えること」のない憲法解釈とは、アメリカの戦争に参戦できるという安倍政権の9条無視の解釈なのです。
自民党憲法改正推進本部は、昨年3月26日に「憲法改正に関する議論の状況について」という文書を公表しています。この中で「自衛の措置(自衛権)」についても言及すべきという観点から、自衛隊を明記する改憲条文素案にした、と述べています。
まるで2項削除
改憲条文素案には「自衛権」という文言はありません。しかし、この説明によると素案にある「自衛の措置」は自衛権を含んでいることになります。
自衛権には個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権が含まれるというのが、自民党の解釈です。この解釈だと、集団的自衛権の無制約な行使まで「合憲」にされてしまいます。
つまり、「自衛隊」だけを明記するという言い方をしながら、実は、戦力の保持を禁止した現在の9条2項は空文化されるに等しく、まるで9条2項削除に近い改悪になってしまうのです。(つづく)
自民党の改憲条文素案 安倍首相のもとで自民党が4項目の改憲条文素案をまとめています。その内容は(1)9条への自衛隊明記(2)緊急事態条項の導入(3)参議院の合区解消(4)教育の充実―です。
上脇博之(かみわき・ひろし)神戸学院大学法学部教授。専門は憲法学。憲法運動などに参加。政治資金オンブズマン共同代表。近著に『安倍「4項目」改憲の建前と本音』(日本機関紙出版センター)
上脇博之神戸学院大学教授に聞く(中)
危うい緊急事態条項
―自民党の改憲条文素案「Q&A」は、自衛隊の暴走を防ぐシビリアンコントロール(文民統制)の手段として、「自衛隊が内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」「国会によるコントロール」の規定を設けていると弁明しています。
首相判断を追認
憲法で首相に指揮監督を認めれば、戦前に天皇が軍隊の最高指揮権を持った「統帥権」と同じで、首相に専権的な権限が与えられ、閣議決定なしに首相独りの判断で自衛隊を参戦させられることになります。
「国会によるコントロール」といっても、首相を支える与党が多数を占めた国会では首相の判断を追認するだけになるでしょう。
―緊急事態条項について「大規模自然災害などの緊急事態時」に「内閣が国会に代わって政令(緊急政令)を定める」「内閣が一時的に立法権限を代替する」と解説し、「制度の悪用やいわゆる『独裁』などの危険はありません」と言い訳もしています。
いまの憲法でも、緊急時には対応できます。憲法54条では、衆議院解散時に緊急の必要があるときは、「参議院の緊急集会」で臨時の措置ができるとしています。法律では災害対策基本法もあります。
「自然災害」に限定しているという説明も、うそです。国民保護法では「武力攻撃災害」という表現があり、武力攻撃の場合も「災害」に含めています。つまり緊急事態条項の発動は自然災害に限定されないのです。
悪用歯止めなし
国民の代表機関である国会が「国の唯一の立法機関」なので、内閣は国会の定める法律に違反して政令を出すことはできません。ところが緊急事態条項は、法律に反する政令制定権を認めているので、内閣も立法機関になってしまいます。三権分立がふっとびます。
国会に政令の事後承認権を認めていると弁明していますが、与党が反旗を翻さない限り国会議論は形式的になります。実際には内閣の悪用に対する歯止めはないに等しいのです。(つづく)