今、趣味で野菜など作りたいと思えばわずかなお金で畑など貸して貰えます、休耕地が沢山ありますから、そして面白くなって
せっせと育てていると、とうてい自分の家庭だけでは食べきれなくて皆に配っています。今、私もその口なんですが思えば本当に
有り難い事なんです。S48年大阪で働いていた会社がオイルショックの波をかぶり希望退職、この際にと徳島に帰ったものの技術
もなれれば金もない、長男は小学4年生長女は幼稚園に入るのを期に徳島に帰ったのですが失業保険での生活、このままだと生涯
日雇いに終わってしまうと思い、自分の器用さだけを信じあれこれの末に鉄工所をする事になりました。勿論場所もないので当時は
高い地代を払って借りなければなりません.其処に小さな仕事場を作り、子供、家庭は家内任せ、自分は仕事に気の休まる間もなく
その上に仕事も家内が手伝ってくれていました。そんな時家内は農家生まれでしたのと、手伝うことのない時間も有るので北側の
ほんの少しの地を耕し、自分が立って腰をかがめるのがやっとと、ほんの小さな所に物を育てていました。そして時が経ち少し広く
土地を借りられた時には少しでも日の当たる所にと畑にする幅は変わらなくても、今まで耕した土を運んで畑の移動です。
こう言う事を何度かしました、そして長い時間が過ぎ、自分の所有地となってからも日当たりの良い場所に畑など作る事は出来ません
でした。そうして長い間野菜を作って生活を助けて貰い、今では長男は後を継いでくれています。長女は好い旦那と子供に恵まれ
私も甲斐あって日当たりの好い自分の畑なのに、畑がしんどいなんて言えないのですがやはりこの年になると本音しんどいです。
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