〈第三項〉論で読む近代小説  ◆田中実の文学講座◆

近代小説の読みに革命を起こす〈第三項〉論とは?
あなたの世界像が壊れます!

「近代小説の未来」について

2023-04-19 10:25:53 | 日記
月1回の田中実文学講座は、ここのところ「近代小説の未来」と題して、
村上春樹の『木野』という極めて難解な小説を講義してきました。
これは現在、都留文科大学の紀要に「近代小説の未来・村上春樹『木野』論の行方』
と題して発表していますが、読者の皆さんに伝わりにくいかな、とも感じています。

しかし、そもそも村上春樹は処女作以来、既存の小説概念を解体して
新たな小説を造り出すことを目指していたのであり、
それを村上は「目覚まし時計の分解」と「組み立て直し」と言っていました。
これに立ち向かっていきましょう。

特に意識してほしいことは、語られている視点人物の〈語り〉と
作品全体を仕組んでいる〈語り手〉のレベルの相違を捉えることです。
視点人物の語るレベルとそれをメタレベルで語る〈語り手〉の位相の相違を読み取ること、
これが近代小説の〈読み〉の基本です。
三人称か一人称か、これに気を付けましょう。

魯迅の『故郷』は一人称説、〈語り手〉の「私」自身が認識の大きな転換を強いられます。
そこで生身の〈語り手〉の「私」を「私」と語る〈機能としての語り手〉を読む必要が
あります。

『木野』の場合、三人称小説、これを語る〈語り手〉は視点人物の背後に隠れています。
例えば、視点人物の木野は火傷の女の性的な魅力に対して、強く惹き付けられる思いと、
これを斥けようとする意識とに分裂していますが、これを〈語り手〉は
「理解できなかったし、理解したいとも思わなかった。それは木野の住む世界から
何光年もの離れたところにある」と語ります。
視点人物の木野は自身のそうした内面を意識することなく、居心地の良いバー「木野」を
営業していたのです。

木野は外界に対して常に擬態(ミミクリ)として対応していました。
相手が要求するものに応じたツクリネアカ、ここに際立った木野の人柄の特徴があります。
これが別れた妻の言う「ボタンの掛け違い」を造り出していたのです。
ところが謎の人物、店の前の柳の精、カミタの領導によって、
木野は自身が透明になるほど空白にさせられ、自身の内面の限界に立たされ、
物語はクライマックスを迎えるのです。

そこで、考えてみましょう。
ホテルの八階のドアを、次にその窓を外からノックし、さらに木野に「おまえ」と
呼び掛けて耳元で囁くのは誰か、最後の「肌の温もり」を伝えるのは誰でしょうか。

物語の末尾には「欲望の血なまぐさい重みが、悔恨の錆びた碇が、本来あるべき時間の流れを
阻もうしていた。そこでは時は一直線に飛んでいく矢ではなかった。」とある通り、
〈語り手〉は物語の出来事を一旦木野の中に全て落とし込み混濁させ、
その矛盾の極みへ誘い込みます。
これが「顔の無い郵便局員が黙々と絵葉書を仕分けし、妻はかたちよい乳房を激しく宙に揺らせ」ます。
その結果、木野に「誰かが耳元で」「これがおまえの心の姿なのだから」と囁くのです。

すなわち、耳元のその囁きとは透明・空白と化した木野自らの囁きです。
木野は木野でありながら、反木野となる自己矛盾、不条理、
これを木野自身が受容することで木野は回復するのです。
混濁を解消して事態を解決するのではありません。
その逆、自己矛盾、不条理を極め、これを丸ごと受容するのです。
木野が反木野を受け取る、のです。 

まさしく短編小説『木野』とは、「自分の頭の動き」を「自分の頭の動き」では超えられない、
その限界を、木野が反木野なる自己矛盾、不条理を受容することによって超える物語です。
木野自身はそれを意識化できませんが、〈語り手〉がメタレベルで解明して語っています。
小説末尾、「誰かの温かい手」の「その肌の温もり」が「とても深く」「傷ついている」
木野を回復させる、その「温かい手」とは木野であって、木野ではない手であり、
この反木野であることによって、木野は木野となっていく、
その矛盾・背理を〈語り手〉が語っているのです。

木野の外部から耳元でささやく声に応じて、木野の心の扉は開く、
魯迅の『故郷』同様、扉の鍵は内側にあって外から開くのです。

ところで、『木野』について、木野の伯母さんは神のような存在ではないか、
という質問を頂いたので答えておきます。

木野はお母さんより伯母さんと心を許し合っていました。
伯母さんは確かに謎めいた男、カミタに甥のことを頼んで、青山の地を離れました。
しかし、彼女がカミタに甥のことを頼んだのは、カミタの尋常ならざる力を
見込んでのことであり、蛇の話もテレビ講座で聞いた話であって、
彼女自身に特別霊力が在るというふうには〈語り手〉は語っていません。
本人が自覚しないまま木野に示唆を与える役割を〈語り手〉によって担わされている、
と捉えた方がよいのではないでしょうか。



以下は朴木の会からのお知らせです。

4月22日(土)に、田中実文学講座を開きます。
今回のテーマも「近代小説の未来」です。
はじめて方も歓迎します。
大勢の皆さんのご参加をお待ちしています。

 
作品 指定は特になし

講師 田中実先生(都留文科大学名誉教授)

日時 2023年4月22日(土)13:30~15:30(日本時間)

参加方法 zoomによるリモート

申込締切 2023年4月21日(金)19:00 まで

参加をご希望の方は、下記申込フォームから申し込んでください。
申し込まれた方には、締め切り時間後に折り返しメールでご案内します。

https://forms.office.com/r/vFgjMx6h9g

問い合わせ:dai3kou.bungaku.kyouiku@gmail.com

主催 朴木(ほおのき)の会

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