マツダ「熱烈ファン囲い込み」
小さくても勝てる戦い方【1】
PRESIDENT 2014年2月3日号
著者:ジャーナリスト 永井 隆=文
的野弘路=撮影
「退屈なクルマはつくらない」「値引きしない」で営業利益は前期比3倍。
世界で走る車のうち、2%にも満たないマツダ車が輝くためには――。
ただそれだけを考え、モノづくりも売り方も刷新した。
それは、生き残るための大改革だった。
競合車はない。独自の価値を示す
「10%の熱狂的なファンをつくることで、
世界シェア2%を取れば生き残れる会社なのです。
いまのマツダは。もちろん、それでいいとは言いませんが……」
マツダ商品本部主査の猿渡健一郎は話す。
猿渡は昨年11月21日に発売された新型(3代目)
「アクセラ(マツダ3)」の開発責任者である。
アクセラは世界販売の3割以上を占める主力車種であり、
年間50万台の販売を目指している。
図を拡大
5期ぶりに黒字転換、14年は利益3倍へ
マツダは2013年3月期決算で、5期ぶりに黒字転換。
08年9月のリーマンショック以前の、いわゆる“5期ぶり(ゴキブリ)”に
業績を好転させた大手企業の一つだ。が、
円安といった外的要因だけがマツダを“快走”
させているわけではなさそうだ。
スズキの首脳はいまのマツダについて、次のように指摘する。
「(ヒット商品を忘れた頃に放つ)“一発屋”だったマツダが、
最近は連続してヒット車を出している。
スカイアクティブというイノベーション(技術革新)に成功したので勢いがある」。
また、日産自動車の役員は「いまのマツダは近年で最も良好な状態だろう。
独自の戦略が奏功している。フォードから離れたマツダには、
同じく好業績の富士重工に対するトヨタのような後ろ盾がないのに」と話す。
ライバルも認める好調ぶりだが、為替以外に何がマツダを押し上げているのか。
マツダ商品本部主査 猿渡健一郎
1965年生まれ。87年マツダ入社。
一貫してパワートレインの開発に携わり、2009年よりアクセラ(マツダ3)担当主査に。
戦略的には06年から水面下で始まった「モノ造り革新」と呼ばれる、
開発、生産、購買、販売といった全社横断の構造改革活動がある。
15年を目標年次と定めて、1ドルが70円台の超円高でも利益を生むためにはどうあるべきか、
値引きの必要がない付加価値のあるブランドを構築するためにはどうするべきかなどを、
トータルに盛り込んだ活動である。
超低燃費を実現したガソリンエンジンに始まる自動車技術群の
「スカイアクティブ」も、「モノ造り革新」の一環で誕生した。
06年当時、ライバル各社がハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)
といった電動化技術へと一斉に舵を切る中で、
マツダは敢えて内燃機関を極める道を選択したのが、
振り返ればいまに通じている。
「スカイアクティブG」という技術により、
10・15モードでリッター30.0キロメートル、
JC08モードならリッター25.0キロメートルを実現したガソリンエンジンは、
11年6月発売の小型車「デミオ」にまず搭載される。
その後、12年2月発売の「CX-5」には、
ガソリンエンジンに加えディーゼルターボの「スカイアクティブD」を搭載。
ディーゼル乗用車がまったく売れていなかった日本に、
クリーンディーゼルという新市場を創出したのは、
日産やホンダ、フォルクスワーゲン(VW)ではなく、
いまのところはマツダである。
「アテンザ(マツダ6)」(発売は12年11月)もガソリンとディーゼルが、
さらに今回の「アクセラ」は国内向けではトヨタから供与されたHVも加わる。
3つのパワートレインを一車種でラインアップすること自体、
日本メーカーでは初めての試みだ。
「マツダには競合車がありません。
自分たちの価値を世界に提供するのです」と猿渡は話す。
10%の“マツダ好き”だけを狙っていく
マツダ社長兼CEO 小飼雅道
1954年、長野県生まれ。77年東北大学工学部卒業後、マツダ入社。
2004年執行役員防府工場長、10年取締役専務執行役員。13年6月より現職。
スカイアクティブ技術を生み出したマツダの「モノ造り改革」とは、
どんな手法で展開されたのか。
営業領域総括の毛籠(もろ)勝弘常務執行役員は、次のように説明する。
「15年における会社像、エンジンや変速機といった技術、
そして商品である車の理想型をそれぞれに想定。
これら15年のあるべき姿から逆算して、
例えば10年ならばその年に何をするべきかを描き、
全社に落とし込んでいったのです。
技術、マーケティングといった垣根を越えて
全社が横につながる形にするのがポイントでした。
各現場は、これに基づいてPDCAを回していく」
防府工場長などの経験を持ち13年6月に社長に就任した小飼雅道は、
「フォードとの関係が薄くなる過程で、
(06年当時)マツダは単独で生き残る道を探る必要があったのです」と打ち明ける。
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世界販売台数ランキング2012
ちなみに、マツダにおける米フォード・モーターの持ち株比率が
33.4%から13.8%となったのはリーマンショック直後の08年11月。
「この時点でフォード傘下ではなくなり」(マツダ幹部)、
09年に同11.0%、10年11月には同3.5%に減っている。
世界の自動車市場8000万台強のうち、
マツダのグローバル販売は133万5,000台(14年3月期見込み)と
現実は2%にも満たない。
レクサスのようなプレミアムブランドがあるわけでもなければ、
スズキのインドのような圧倒的なシェアを持つ巨大市場があるわけでもない。
世界の中の10%に向けて「高くとも欲しいと思われる車」(猿渡)をつくり、
結果としてシェア2%程度を獲得していくのがマツダの戦略である。
スカイアクティブをはじめとする主に技術により
会社トータルとしての価値を高め、すべての消費者ではなく
限定された10%の“マツダを好きな人(ファン)”だけを狙っていくのだ。
図を拡大
国内生産台数は、なんとトヨタに次いで2位!
「モノ造り革新」の意図は美しい。だが、これまでのマツダは、
栄光の時代よりも、挫折の時代のほうが長く、
試練と葛藤とを繰り返してきた。
「マツダは長年フォード傘下だったため、
国内生産の割合が大きいのです。
円高局面になると経営は厳しくなる」(ライバル社首脳)。
13年10月における自動車8社の国内生産台数を見ると、
1位はトヨタの28万9,961台(前年比9.4%増)で群を抜いている。
では2位はどこか。答えはマツダの9万3,590台(同30.3%増)なのだ。
以下、ホンダ、スズキ、日産と続く(図参照)。
つまり、トヨタに次いで日本で多くの車をつくっているのはマツダであり、
雇用をはじめ国内産業への貢献度は大きい。
だが、再び円高基調となれば、大きな影響を受ける構造である。
写真:マツダ常務執行役員 毛籠勝弘
1960年生まれ。83年マツダ入社。
2013年より現職。営業領域の総括、
グローバルマーケティング・カスタマーサービス・販売革新を担当。
同月におけるマツダの世界生産に占める国内生産台数の比率は、
78.4%。富士重の78.9%と双璧だ。
国内生産割合が60%を超えるのは2社だけで、
最低は日産の17.4%。さらに、マツダの輸出は7万1,644台(同16.1%増)と、
国内生産のうち実に76.5%を占める。
富士重工の67.8%を抑えて輸出比率は断トツの1位である。
中国地方が拠点のマツダは、
地域のサプライヤー(納入業者)との相互依存関係が強く、
日本でのモノづくりを基盤としてきたのが特徴だろう。
筆者は超円高だった12年夏、山内孝現会長(当時は社長)に取材したが、
このとき山内は「(14年のメキシコ工場の稼働開始などから)
16年には世界生産台数を170万台に伸ばすが、
国内生産は85万台を維持していく」と語っていた。
グローバルで年間約490万台(12年度)を販売する日産が
「国内生産は100万台を維持する」(日産幹部)のと比べると、
マツダの国内生産割合は大きい。
(文中敬称略)
http://president.jp/articles/-/11935?page=1より
小さくても勝てる戦い方【1】
PRESIDENT 2014年2月3日号
著者:ジャーナリスト 永井 隆=文
的野弘路=撮影
「退屈なクルマはつくらない」「値引きしない」で営業利益は前期比3倍。
世界で走る車のうち、2%にも満たないマツダ車が輝くためには――。
ただそれだけを考え、モノづくりも売り方も刷新した。
それは、生き残るための大改革だった。
競合車はない。独自の価値を示す
「10%の熱狂的なファンをつくることで、
世界シェア2%を取れば生き残れる会社なのです。
いまのマツダは。もちろん、それでいいとは言いませんが……」
マツダ商品本部主査の猿渡健一郎は話す。
猿渡は昨年11月21日に発売された新型(3代目)
「アクセラ(マツダ3)」の開発責任者である。
アクセラは世界販売の3割以上を占める主力車種であり、
年間50万台の販売を目指している。
図を拡大
5期ぶりに黒字転換、14年は利益3倍へ
マツダは2013年3月期決算で、5期ぶりに黒字転換。
08年9月のリーマンショック以前の、いわゆる“5期ぶり(ゴキブリ)”に
業績を好転させた大手企業の一つだ。が、
円安といった外的要因だけがマツダを“快走”
させているわけではなさそうだ。
スズキの首脳はいまのマツダについて、次のように指摘する。
「(ヒット商品を忘れた頃に放つ)“一発屋”だったマツダが、
最近は連続してヒット車を出している。
スカイアクティブというイノベーション(技術革新)に成功したので勢いがある」。
また、日産自動車の役員は「いまのマツダは近年で最も良好な状態だろう。
独自の戦略が奏功している。フォードから離れたマツダには、
同じく好業績の富士重工に対するトヨタのような後ろ盾がないのに」と話す。
ライバルも認める好調ぶりだが、為替以外に何がマツダを押し上げているのか。
マツダ商品本部主査 猿渡健一郎
1965年生まれ。87年マツダ入社。
一貫してパワートレインの開発に携わり、2009年よりアクセラ(マツダ3)担当主査に。
戦略的には06年から水面下で始まった「モノ造り革新」と呼ばれる、
開発、生産、購買、販売といった全社横断の構造改革活動がある。
15年を目標年次と定めて、1ドルが70円台の超円高でも利益を生むためにはどうあるべきか、
値引きの必要がない付加価値のあるブランドを構築するためにはどうするべきかなどを、
トータルに盛り込んだ活動である。
超低燃費を実現したガソリンエンジンに始まる自動車技術群の
「スカイアクティブ」も、「モノ造り革新」の一環で誕生した。
06年当時、ライバル各社がハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)
といった電動化技術へと一斉に舵を切る中で、
マツダは敢えて内燃機関を極める道を選択したのが、
振り返ればいまに通じている。
「スカイアクティブG」という技術により、
10・15モードでリッター30.0キロメートル、
JC08モードならリッター25.0キロメートルを実現したガソリンエンジンは、
11年6月発売の小型車「デミオ」にまず搭載される。
その後、12年2月発売の「CX-5」には、
ガソリンエンジンに加えディーゼルターボの「スカイアクティブD」を搭載。
ディーゼル乗用車がまったく売れていなかった日本に、
クリーンディーゼルという新市場を創出したのは、
日産やホンダ、フォルクスワーゲン(VW)ではなく、
いまのところはマツダである。
「アテンザ(マツダ6)」(発売は12年11月)もガソリンとディーゼルが、
さらに今回の「アクセラ」は国内向けではトヨタから供与されたHVも加わる。
3つのパワートレインを一車種でラインアップすること自体、
日本メーカーでは初めての試みだ。
「マツダには競合車がありません。
自分たちの価値を世界に提供するのです」と猿渡は話す。
10%の“マツダ好き”だけを狙っていく
マツダ社長兼CEO 小飼雅道
1954年、長野県生まれ。77年東北大学工学部卒業後、マツダ入社。
2004年執行役員防府工場長、10年取締役専務執行役員。13年6月より現職。
スカイアクティブ技術を生み出したマツダの「モノ造り改革」とは、
どんな手法で展開されたのか。
営業領域総括の毛籠(もろ)勝弘常務執行役員は、次のように説明する。
「15年における会社像、エンジンや変速機といった技術、
そして商品である車の理想型をそれぞれに想定。
これら15年のあるべき姿から逆算して、
例えば10年ならばその年に何をするべきかを描き、
全社に落とし込んでいったのです。
技術、マーケティングといった垣根を越えて
全社が横につながる形にするのがポイントでした。
各現場は、これに基づいてPDCAを回していく」
防府工場長などの経験を持ち13年6月に社長に就任した小飼雅道は、
「フォードとの関係が薄くなる過程で、
(06年当時)マツダは単独で生き残る道を探る必要があったのです」と打ち明ける。
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世界販売台数ランキング2012
ちなみに、マツダにおける米フォード・モーターの持ち株比率が
33.4%から13.8%となったのはリーマンショック直後の08年11月。
「この時点でフォード傘下ではなくなり」(マツダ幹部)、
09年に同11.0%、10年11月には同3.5%に減っている。
世界の自動車市場8000万台強のうち、
マツダのグローバル販売は133万5,000台(14年3月期見込み)と
現実は2%にも満たない。
レクサスのようなプレミアムブランドがあるわけでもなければ、
スズキのインドのような圧倒的なシェアを持つ巨大市場があるわけでもない。
世界の中の10%に向けて「高くとも欲しいと思われる車」(猿渡)をつくり、
結果としてシェア2%程度を獲得していくのがマツダの戦略である。
スカイアクティブをはじめとする主に技術により
会社トータルとしての価値を高め、すべての消費者ではなく
限定された10%の“マツダを好きな人(ファン)”だけを狙っていくのだ。
図を拡大
国内生産台数は、なんとトヨタに次いで2位!
「モノ造り革新」の意図は美しい。だが、これまでのマツダは、
栄光の時代よりも、挫折の時代のほうが長く、
試練と葛藤とを繰り返してきた。
「マツダは長年フォード傘下だったため、
国内生産の割合が大きいのです。
円高局面になると経営は厳しくなる」(ライバル社首脳)。
13年10月における自動車8社の国内生産台数を見ると、
1位はトヨタの28万9,961台(前年比9.4%増)で群を抜いている。
では2位はどこか。答えはマツダの9万3,590台(同30.3%増)なのだ。
以下、ホンダ、スズキ、日産と続く(図参照)。
つまり、トヨタに次いで日本で多くの車をつくっているのはマツダであり、
雇用をはじめ国内産業への貢献度は大きい。
だが、再び円高基調となれば、大きな影響を受ける構造である。
写真:マツダ常務執行役員 毛籠勝弘
1960年生まれ。83年マツダ入社。
2013年より現職。営業領域の総括、
グローバルマーケティング・カスタマーサービス・販売革新を担当。
同月におけるマツダの世界生産に占める国内生産台数の比率は、
78.4%。富士重の78.9%と双璧だ。
国内生産割合が60%を超えるのは2社だけで、
最低は日産の17.4%。さらに、マツダの輸出は7万1,644台(同16.1%増)と、
国内生産のうち実に76.5%を占める。
富士重工の67.8%を抑えて輸出比率は断トツの1位である。
中国地方が拠点のマツダは、
地域のサプライヤー(納入業者)との相互依存関係が強く、
日本でのモノづくりを基盤としてきたのが特徴だろう。
筆者は超円高だった12年夏、山内孝現会長(当時は社長)に取材したが、
このとき山内は「(14年のメキシコ工場の稼働開始などから)
16年には世界生産台数を170万台に伸ばすが、
国内生産は85万台を維持していく」と語っていた。
グローバルで年間約490万台(12年度)を販売する日産が
「国内生産は100万台を維持する」(日産幹部)のと比べると、
マツダの国内生産割合は大きい。
(文中敬称略)
http://president.jp/articles/-/11935?page=1より