1945年8月に広島、長崎に世界ではじめて原爆が投下されてから9年後の1954年、太平洋のマーシャル海域でマグロ漁をしていた第5福竜丸はアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験(広島の約1000倍)で27種類の放射能の死の灰を被りました。
その乗組員だった大石又七さんのお話を伺いました。
被爆者のその後の治療や調査のデータはアメリカにも提供されたとの話は昨晩みたNHKスペシャルに相通じるものがあり、またか!の思いを強くしました。
漁船の乗組員たちは、雪のような灰を放射能だとは知りませんでした。終戦前の広島、長崎の被爆の実態は広く国民に知らされていなかったとのことです。そんな恐ろしいことを戦勝国のアメリカがしたということを隠しておきたかったのではないかということです。占領政策を行うために。
それだけでなく、この第5福竜丸の被爆と、第5福竜丸はその後数奇な運命をたどるのです。 それは、大石さんが書いた「ビキニ事件の表と裏」副題に「これだけは伝えておきたい」とあります。帰宅して読み始めました所、ひきこまれました。 なかなかの方と感じ入りました。
聞く会には子ども多く参加しましたが、ちょっと話が難しかったかなともおもいましたが後半は質問の時間もあり大石さんと直接はなしていました。 すいとんを食べる経験もし、よい夏休みの体験が出来たのではないでしょうか。 知り合いのHさん親子もすいとん作りから参加出来たと喜んでいました。
とても良い企画でした。スタッフの皆さんありがとうございました。