寄生生物が、宿主の行動を自らの都合に合わせて変化させる現象を「宿主操作」と呼ぶそうです。多くの寄生生物は、生活環(ライフステージ)に合わせて宿主を乗り換える必要があり、そのためには宿主の行動を変化させて適切な時期に移動の機会を確保しなければならない。このため、宿主の利害を無視して行動を操り、時には死に至らしめることも厭わないということです。
例えば、水の中では泳げないはずのカマキリの中に、自ら水に飛び込んで死んでいく個体が多いのは広く知られるところ。その原因は、体中に寄生したハリガネムシにあると言われています。
子どもの頃、車に轢かれたカマキリの死骸などとともにしばしば見かけたハリガネムシは、昆虫に寄生する類線形動物の一種で、日本でも14種が確認されているそうです。ハリガネムシは水中でのみ交尾と産卵をおこない、宿主を転々と移動しながら成長するという生活史を持っている。このため、カマキリに寄生した個体は、機会を図って水に戻る必要があるということです。
ではどうするか。ハリガネムシは、本来、陸でしか生活しない宿主昆虫の脳の神経細胞を(特殊なタンパク質で)混乱させ、きらきらとした光を追うように仕向ける。こうして水辺に近づいたカマキリは、次々と水に飛び込んでいくとされています。ウソのような本当の話ですが、こうした寄生虫による宿主のコントロールは、複雑な神経細胞を持つ哺乳類でも確認されているようです。
12月20日の「Newsweek日本版」への科学ジャーナリストの茜 灯里(あかね・あかり)氏の寄稿『2022年に話題となったイヌにまつわる研究』の中から、日本も含め世界中に分布する寄生性原虫生物のトキソプラズマの生態について(少しだけ)紹介しておきたいと思います。
ネコからヒトへと感染することがあるトキソプラズマは、胎児に水頭症、視力障害、脳内石灰化、精神運動機能障害を起こす可能性がある先天性トキソプラズマ症の原因になるため、妊婦がとくに気をつけるべき寄生虫として知られている。
一方、米モンタナ大学のコナー・マイヤー氏らの研究チームは、そんなトキソプラズマに寄生されたオオカミは群れのリーダーになる確率が高く、群れから離れた『一匹オオカミ』になる可能性が高いことを示したと茜氏はこの論考に記しています。
研究チームは、世界遺産のイエローストーン国立公園にいるハイイロオオカミ229頭(オス116頭、メス112頭、両性具有1頭)の血液を採取して分析。ネコ科大型獣ピューマが生息している同公園での感染率は(雄・雌大きな差はなく)27.1%で、ピューマの排せつ物などを通じて約4分の1が体内にトキソプラズマを宿していることを確認しています。
そして(ここからが面白いところなのですが)、同チームが「感染している」オオカミの行動を追跡したところ、感染したオオカミが群れのリーダーになる確率は、感染していない個体と比べて46倍高いことが分かったと茜氏はしています。また、感染したオオカミが「一匹オオカミ」になる確率が、そうでないものと比べて11倍高いことも分かってきた。こうした結果から見て、体内に寄生したトキソプラズマが宿主であるオオカミの脳に影響を与え、行動を変容させた可能性が高いということです。
(ネコ科の動物を最終宿主とする)トキソプラズマに感染すると、ネズミはネコへの嫌悪感や警戒心が薄れて(大胆な行動をとるようになり)、ネコに捕食されやすくなることが知られていると氏は言います。また、感染したネズミは、異性から選ばれやすくなることも研究によって分かっているということです。
因みに、ヒトがトキソプラズマに感染すると、テストステロンやドーパミンなどのホルモンの分泌量が増加して自信にあふれた態度をとるようになり、異性から魅力的と評価されることが多いという先行研究もあるとのこと。研究チームは、オオカミのケースでも、性格や行動に同様の変化が起きた可能性があると考察しているということです。
胎児の時は忌避すべきトキソプラズマの感染が、成人では異性にプラスの評価を得るきっかけになり得るというのも奇妙な話だが、寄生虫が個体を増やして繁栄するための戦略と考えれば納得できると氏はこの論考の結びに指摘しています。
もしかしたら、貴方の隣にいる魅力的な男性は、ただ単にトキソプラズマに操られているだけかもしれない。そして、もしも急に、そして衝動的に(例えば水に飛び込んだり)普段と違ったことをしてみたくなったら、寄生虫の存在を疑ってみる必要があるかもしれないのかと、茜氏の論考を読んで感じたところです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます