MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯65 ポルシェ911

2013年09月29日 | 日記・エッセイ・コラム

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 交差点で並んだ車の中から、何やら耳慣れない「ガサガサガサ…」という乾いた排気音が聞こえたら、それはたぶん20年近くは前のかなり古い「ポルシェ911(ナイン・イレブン)」です。フォルクスワーゲン・ビートルをあまり見かけなくなった昨今では、この空冷水平対向エンジンのメカノイズは911の専売特許になってしまいました。

 「ポルシェ」と言えば、あまり車に詳しくない人でも、少なくとも男性であれば「ほら、あの形…」とすぐにイメージがわく尻が張ったリアスタイルが思い浮かびます。前から見るとカエルのようなひょうきんな顔立ちで、スタートダッシュが良くて車線の合間をひょいひょい元気に走りまわっている、そんな小柄なスポーツカーの印象です。

 1964年発売の初代発売から既に半世紀がたとうとしているこの「911」。後部座席を持つ4人乗りの小型スポーツカーで、水平対向6気筒エンジンをリアのドライブシャフトのさらに後ろに置くという基本的なエンジンレイアウトと、フロントグリルのシンプルなイメージは、その間ほとんど変わっていません。さらに言えば、この表情は、そのひとつ前の型となる1949年に生産が開始されたポルシェ356から続いているポルシェ伝統の風貌と言うことができるかもしれません。

 ポルシェ911という車に常について回るのは、第一次世界大戦後にメルセデスの主任技術者として活躍し、自らの設計事務所を立ち上げた後はヒトラーの命により国民車フォルクスワーゲンやタイガー戦車、シュビムワーゲンやキューベルワーゲンなどを設計し「天才」の名をほしいままにした技術者、フェルディナント・ポルシェ博士のイメージです。ポルシェ356は、まさにこのF・ポルシェ博士の設計による、待ち望まれた「平和な時代」にふさわしい博士の夢を乗せたスポーツカーでした。一方、911自体は、直接このF・ポルシェ博士の筆によるものではありませんが、博士の伝説と志を受け継ぐ車として、長年世界中の車好きに愛され、親しまれてきました。

 一般的な話としては、911のようないわゆる「スポーツカー」として運動性能を標榜する自動車に4人の大人が乗れるスペースを確保することは、ホイールベースや重量の面からいって大いに不利になります。また、重いエンジンをリアの車軸の後ろに載せるレイアウトは、コーナリングの際、慣性の面から挙動に安定性を欠くという欠点があると言われています(リアタイヤがグリップを失うと急激なオーバーステアが発生しやすいということですね。)。

 さらに言えば、この窮屈なレイアウトを取っている限り、車体に8気筒や10気筒の大出力エンジンを載せるスペースはなく、重心の低い水平対向以外のエンジンも使用できないと考えられています。しかしそれでもなお、シュトゥットガルトのポルシェの技術者たちはこのエンジン・レイアウトにこだわり続け、サスペンションや付属機器の重量配分の改良などを続けながら、市販車でも世界トップクラスの走行性能を維持し続けているのです。

 一方、興味が無い人にはみな同じ形に見えるかもしれませんが、ひと口に「911」といっても、時代の流れに応じ様々なタイプが世に生み出されています。1967年から74年までのタイプ901(いわゆる「ナロー・ポルシェ」と呼ばれているモデルです。スリムで軽いボディが特徴でした。)、74年から89年までのタイプ930(スーパーカーブームではグラマラスな「ポルシェ・ターボ」が少年たちを魅了しました。)、89年から93年までのタイプ964(このタイプはまだ比較的よく街で見かけます。軽いので箱根などでも結構速く、964健在の観があります。)、93年から98年までのタイプ993(生産台数が少なく意外に見かけませんが、空冷エンジンを積んだ最後の911としてプレミアが付いています。)と、よく見るとスタイリングも性能もかなり大きく進化しています。

 そして、98年にはエンジンが水冷化され、タイプ996となりました。アメリカ市場を見据えてボディが少し大きくなり、やや大人の乗り味となったと言われています。(96年にミッドシップ・ツーシーターのボクスターが発売され、役割分担が進んだということでしょうか。ヘッドライトがボクスターと共通化されたことから「涙目911」などと呼ばれました。)

 このタイプ996が2004年までの7年間にわたって販売され、史上もっともたくさん売れた911となりましたが、2004年にタイプ997にモデルチェンジされました。ヘッドライトが伝統の丸型に戻されたことで、ポルシェマニアの人気も戻りました。また、後期型ではエンジンの直噴化やPDK(ツインクラッチ)の導入などが進み、性能面でも他のスポーツカーに追い付きました。現在、街で見かける911の多くがこのタイプ997です。

 ポルシェというと高級車のイメージを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、実車はかなりスパルタンな、言い方を変えればそれなりに「乱暴な」車です。空冷時代に比べ随分と大人しくなったように言われる最近の911ですが、そんなタイプ997でさえ、実際に乗ってみると雑誌に書かれているような「ヤワ」な車ではありません。エギゾーストはあえて空冷の印象を残した味付けです。ザワザワとした乾いたアイドリング音がプリッピングとともに甲高く音色を変え、例えティプトロ(オートマ)仕様であっても、蹴飛ばされるようなRR(リアエンジン・リアドライブ)の加速感は十分以上に感じられます。911とBMWM3やメルセデスAMGのイメージを重ねようとすると、それは少し違うと思います。ハンドルを握って数キロの距離を走れば、スポーツタイプの車とスポーツカーでは設計の思想が異なっているのだということを、改めて思い知ることができます。

 スポーツカーに求められているのは、爽快な加速感でも高速走行の際の安定感でもありません。次のコーナーまでまっすぐに速く加速し、コーナー手前でガツンと減速し回頭し、そして安定してコーナーを立ち上がるという一連の操作を、いかにスムースにこなせるかという極めてシンプルな性能です。そうした「機能」を持つマシンとして車のドライビングを楽しむことができるのがポルシェ911の大変稀有な性能であり、ドライビングする者の喜びなのではないかなと思います。

 さて、ボクスターやケイマン、カイエンやパナメーラなど、現在のポルシェが生産する自動車たちは様々な車種、バリエーションで構成されています。環境問題が声高に叫ばれる中、911が今後どのような位置を占めていくのか、もしくはラインナップから消えてしまうのか。何事も理論的でドライなドイツ人のすることです。911の命運は、スポーツカーの将来を占うとても重要な、エポックメイキングな出来事だと考えています。




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