MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯730 北朝鮮の寅さん逝く

2017年02月16日 | 国際・政治


 北朝鮮の故金正日総書記の長男である金正男氏が、マレーシアのクアラルンプール国際空港で北朝鮮の工作員(とみられる女性ら)の手によって暗殺された事件が、平和な日常を暮らす世界中の多くの人々に大きな驚きをもって受け止められています。

 現在入っている報道によれば、2人の女性工作員が自動チェックイン機を操作している金氏に近づき、1人が注意をそらしている間にもう1人が何らかの方法で毒物を使用したとみられているようです。

 北朝鮮は過去にペン型の毒針で暗殺を企てたこともあるということですが、それにしても、一般の乗客が付近にたくさんいるような衆人環視の状況下での(スパイ映画さながらの)暗殺劇には、改めて目をみはらされるばかりです。

 今回、被害者となった金正男氏は、北朝鮮の金正日全総書記の長男で現在の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄に当たる人物です。

 儒教の影響が強い朝鮮半島では、北朝鮮建国の父である金日成の嫡流として(子供のころから)期待され、モスクワやヨーロッパにも留学させられたりしていたようですが、2001年に(東京ディズニーランドに行くために)偽装旅券で入国しようとした成田空港で身柄を拘束されるなど、その自由(気まま)な振舞いで父親の信頼を失い、結果、後継者としての権力闘争に敗れたと新聞各紙は伝えています。

 たしかに、たまにメディアから流れる正男氏の風貌は、テレビなどで見慣れた北朝鮮の人々とはかなり肌触りが違う気がします。「隣のおじさん」的な人柄を伝える気安い印象には、「暗殺」の危険にさらされているような緊張感をあまり外に出さない(建前を超えた)人間性を感じさせるものがありました。

 2月16日の読売新聞の報道によれば、実際、正男氏は中国やマカオ、マレーシアなどに妻や内縁の妻がいるなど派手な女性関係で知られており、ナイトクラブやブランド店などにもふらりと姿を現し、初対面の記者などとも気軽に会話を交わすような飾り気のない性格だったということです。

 また、情報機関の当局者による、正男氏が北朝鮮の人々が苦しみにあえいでいる現状を嘆き、涙を流していたとするマカオのバーでのエピソードなども紹介されているところです。

 一方、北朝鮮の現在の最高指導者である金正恩氏の眼には、(失脚したとはいえ)「長男」という権力の正統性を持つ正男氏の存在が、いわゆる「目の上のたんこぶ」として映っていたであろうことも容易に想像できます。実際、韓国の情報機関である国家情報院は、北朝鮮では(正恩氏が政権を確立させた)2012年から、正恩氏の指示の下で正男氏の暗殺が計画されていたと国会に報告しています。

 さて、こうして、北朝鮮の堅苦しい社会や権力闘争を嫌い自由を愛した正男氏に関し、2月16日の日本経済新聞のコラム「春秋」が(ある意味)大変に興味深い指摘を行っているので、ここで紹介しておきたいと思います。

 家を飛び出し、あちらこちらを渡り歩く奔放な異母兄と言えば、日本人の誰もが思い浮かべるのが「男はつらいよ」の「寅さん」ではないかとこのコラムは記しています。

 本妻の子である妹さくらの心配をよそに、父と芸者の間に生まれたこの兄は足の向くまま気の向くままの自由人で、ふるさと葛飾の柴又の生真面目で実直な人たちとはまるで肌合いが違うと記事は指摘しています。

 一方、そういう意味では正男氏も、亡くなった金正日総書記の長男であるにもかかわらず、異母弟の正恩氏とは距離を置き飄々としてアジア各地に出没してきた自由人です。陰惨な空気のただよう金ファミリーの中で、ひとり人間の顔の見えていたその姿は、やはりフーテンの寅であったと言えなくもありません。

 そんな中、中国の保護下に置かれていた兄の復権の芽を、彼の異母弟が念のために摘んだという解説の信憑性は十分に高く、背筋の凍ること甚だしい。果たして「いまは何世紀か?」と、コラムは続けています。

 確かに、韓国ドラマの時代劇では、宮廷内の内部紛争で王様や皇太子が暗殺される(史話に基づく)シーンがしばしば登場しますが、まさにそれを地で行く今回の事件には、北朝鮮が未だ(中世以前と何も変わっていない)子供じみた無法な体制を国民に強いていることを、改めて実感させられるところです。

 これまでも、多くの幹部や側近を(見せしめも含め)粛清してきたとされる正恩氏。その(「孤独」と「権力への執着」がもたらす)猜疑心は、とどまるところを知らぬようだと記者はこのコラムに記しています。

 異郷をさすらう兄もまた、実はずっと以前から自分が弟から命を狙われていることに気づいていたことでしょう。それを考えれば、「フーテン」や「うつけ」を彷彿とさせる正男氏の異形の風情も、実は自らの身を守るすべであったかもしれないと結ぶこのコラムの指摘を、私も大変興味深く読んだところです




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