MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2511 日本の賃金はなぜ上がらないのか?(その1)

2023年12月12日 | 社会・経済

 1990年代初頭のバブル経済の崩壊以降、「失われた30年」などと呼ばれ停滞が続く日本経済。中でも、統計数値に表れる日本の労働市場における賃金の低迷は、まさに「目も当てられない」状況と言っても過言ではないでしょう。

 厚生労働省の発表した資料(「経済資料の国際比較」2023.2.24)によれば、過去25年間の実質賃金の平均伸び率は、米国で1.4%、イギリスで1.7%、ドイツでは0.9%伸びているのに対し、日本は0.0%と全く振るいません。結果、OECDによる2021年の調査における日本の平均賃金は39,711ドル。 OECD加盟国38か国中24位で、 1位米国の平均賃金74,738ドルと比べると半分以下、お隣の韓国と比べても4ランク下で3,036ドルもの差があることが判ります。

 日本の賃金は、なぜこれほどの長期間にわたり上向くことがなかったのか。こうした疑問に対し、10月27日の経済情報サイト「東洋経済オンライン」に、元ゴールドマン・サックスアナリストのデービッド・アトキンソン氏が『経済衰退・少子化「非正規雇用が元凶」という俗説』と題する興味深い論考を寄せていたので、小サイトにその概要を残しておきたいと思います。

 約30年間にわたって経済が停滞し賃金が上がらなかった原因については、いろいろな人が様々な見解を示している。しかし私はアナリストの一人として、そのほとんどが根拠の乏しい「俗説」と考えているとアトキンソン氏はこの論考の冒頭で断じています。

 中でも代表的なのが、「非正規雇用者の増加が諸悪の根源」とする説とのこと。経済の停滞が顕著になった時期と非正規雇用が増加した時期が重なっているため、その相関関係を見て言っているのだろうが、だからといって「両者に因果関係がある」というのは短絡的な勘違いだというのが氏の指摘するところです。

 この俗説を唱えている人の多くが、「非正規雇用の男性は結婚率が低い。非正規雇用は増えている。だから、非正規雇用の増加は少子化に拍車をかけている」と主張。「非正規雇用を減らせば結婚する人が増え、出生率も上がる」とする人も少なくないと氏は言います。しかし、(一見もっともらしい)この主張の間違いは、実際のデータを見れば明らかだというのがこの論考における氏の認識です。

 総務省の統計によれば、1988年における男女合わせた正規雇用者の全従業者に占める割合は、81.7%。これが、2020年には62.8%まで約20ポイント低下しているので、この期間正規職員は(確かに)大きく減少している。そこで実際のデータを確認してみると、非正規雇用者の増加は、「新たに」非正規雇用者として雇用される人が増加したことに起因していることがわかると氏は話しています。

 氏によれば、正規雇用者数は1994年のピークからは275万人減少しているものの、1988年と比べると153万人増加。これに対し、非正規雇用者は1988年から比べて1336万人も増加し、1994年との比較でも518万人増加しているということです。

つまり、非正規で雇用される人が増加したことが非正規雇用者の構成比の上昇を引き起こしたということ。実際、1988年から1489万人増えた雇用者のうち、非正規は1336万人と増加者の89.7%を占めているというのが氏の指摘するところです。

 では、この期間になぜ非正規雇用者がこれほど増えたのか。日本では1988年以降、非正規雇用者の総数は1336万人も増加したが、そのうち女性非正規雇用者が881万人と、全体の65.8%を占めていると氏は説明しています。

 男性の非正規雇用者も457万人増加しているが、その内の180万人(増加分の39.4%)を65歳以上の男性が占めている。これは非正規全体の増加分の13.5%に当たり、(結果として)1336万人増えた非正規雇用者のうち、男性の15~24歳(の若年アルバイター)と65歳以上(の定年退職者)、それに女性が合わせて1136万人と全体の84.9%を占めているということです。

 その意味するところは、今まで労働市場に参加していない人が増えたことが、非正規が増えた主因だということ。(あくまで)労働参加率が高まったために非正規雇用者の占める割合が大きくなったのであり、正規雇用が減ったとか、正規雇用が非正規雇用に入り替わったという主張は誤りだというのが氏の見解です。

 さて、ここまで見てきて判るのは、人口構成上大きな割合を占めていた(正規雇用の男性)高齢者が定年を迎え労働市場からの退出が進んだこと。そして、そうした定年退職者が(賃金の低い)「非正規」の待遇で再就職や再雇用されたこと。さらに、以前は家庭に入っていた主婦たちが、子育ての終了と共に「パート」として短時間の勤務に入ることが一般化したことで就業者における非正規の割合が大きく高まり、結果、賃金が上がっていかないという状況が生まれたということでしょう。

 とすれば、国民が受け取る給料袋の中身を増やすには、(政府として)ただ企業に賃金の上昇を求めるだけでは事足りないはず。雇用者の「非正規→正規」の流れを促進しなければその実が上がらないのは言うまでもありません。

 折しも、生産年齢人口の減少による急激な人手不足の到来が予想される中、しっかりした(フルタイムの)働き手を確保するための政策を早急に打つ必要があるのではないかと、強く感じるところです。

(「#2512 日本の賃金はなぜ上がらないのか?(その2)」に続く…)



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