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#2224 倍速で消費される映画たち

2022年08月09日 | 社会・経済

 映画の映像や場面写真などを無断で用いてストーリーの起承転結を10分程度に編集した「ファスト映画」を巡り、5月19日、東宝・日活など映画配給大手13社が損害賠償(賠償額5億円)を求める訴訟を提起したと報じられています。

 「映像版まとめサイト」などと呼ばれ、著作権、版権上の問題が争われることになるこの「ファスト映画」。今回、提訴されたのは、「ポケットシアター」「【映画紹介】パンフレットムービー」などのチャンネル名で、2020年初頭から10月下旬までファスト映画を投稿していた運営者らだとされています。

 実際、昨年6月には、映画を無断で短く編集した動画を「YouTube」に投稿したとして、20~40代の男女3人が著作権法違反容疑で宮城県警に逮捕されるという事態も起こっています。

 映画会社や出版社などでつくるコンテンツ海外流通促進機構(CODA)によると、こうしたサイトは2020年ころからユーチューブで確認されるようになり、昨年の6月時点の調査で、少なくとも55アカウントが計2100本の動画を投稿していたとされています。

 その時点における合計の再生回数は約4億7700万回で、CODAは被害額を約956億円と見積もっているということです。

 ネタバレサイトでもなんでもいい。とりあえず人気の映画の内容を(ブームに遅れないように)チェックしておきたいという気持ちはわからないではありません。しかしだからといって、ストーリーさえ掴んで「見た気」になっていても、作品の良し悪しや(ましてや)「感動」が伝わるとはとても思えません。

 ネット社会に生きる若者たちは、映画などの映像作品もひとつの「情報」として、(コスパ良く)消費したいと思っているのだろうなと改めて感じたところです。

 そういえば、YouTubeやテレビドラマ、映画、アニメなどを1.5倍速、2倍速などにして視聴する「倍速視聴」が、若者世代を中心に広がっているという話も聞きます。「高校生新聞ONLINE」が今年の5月に読者の中高生395人に対して行ったアンケートでは、回答者の66%が「動画の倍速視聴」を(日常的に)行っているということです。

 コラムニストの稲田豊史氏は、4月に発表された話題の著書『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)において、倍速視聴が広がった背景には大きく3つの理由があると話しています。

 それは、①作品数が多すぎてチェックする時間に追われていること、そして、②かけた時間に対する満足度を意味するタイパ(タイムパフォーマンス)を求める人が増えたこと、さらに、③セリフですべて説明する作品が増えたこと、だということです。

 NetflixやAmazon プライム・ビデオなどのサブスク・サービスには数千、数万本以上の作品が並んでいる。YouTubeや地上波放送なども加えれば、視聴可能な作品は膨大な数に及んでおり、当然、話題になる作品もそれに比例して増加していると稲田氏は言います。

 SNSなどで話題に乗り遅れないためには様々な作品をチェックしなければならず、倍速視聴で時短をするニーズがそこに生まれる。駄作を見ている暇などないので、さらにタイパを稼げる「ネタバレ視聴」も促されるということです。

 最近の映画やドラマはセリフで心情や状況を説明する作品が増えているため、倍速で登場人物のしゃべりや字幕だけを追えば問題ないという視聴者も多いと氏はしています。セリフのないシーンや風景だけが映されているようなシーンは、10秒スキップなどを駆使してどんどん先送りされ、面白くないと思えばそこからラストシーンまで一気に飛ばされることも多いということです。

 倍速視聴の広がりは、映像作品が「鑑賞するもの」から「消費するもの」へシフトしていることの表れだと、稲田氏はこの著書で指摘しています。

 鑑賞とは作品に没頭し、味わうこと。しかし、現代の「話題についていきたい」人たちは(作り手の思いや意図よりも)展開や情報に重きを置いており、「速読」と同じような感覚で映像を追っているのだということです。

 稲田氏は本書で、こうした倍速視聴の動きは今後さらに進むだろうと予測しています。

 客のニーズや習慣が変化すれば、供給サイドはそれに対応せざるを得ない。このため、作り手側は結論や重要な出来事・事件を、映画の冒頭もしくはできるだけ早い段階で見せる必要が出てくる。内容に関しても、沈黙などの間(ま)を減らして、できるだけセリフで説明することが意識されるようになるだろうというのが氏の予想するところです。

 さらに昨今では、年齢問わず「予想外のことが起こって感情が揺さぶられるのが不快なので、事前に内容を知っておきたい」という人も多いと氏は言います。そうしたことを考えれば、もしかすると『この映画では主人公は死にませんからご安心ください』と事前に周知、PRされることなども普通になるかもしれないということです。

 いずれにしても、「回り道」を嫌う現代の視聴者たちは、膨大な時間を費やして何百本、何千本もの作品を観て、読んで、たくさんのハズレを掴まされるという(従来の)プロセスを、何とか回避したいと考えていると氏はこの著書に記しています。

 彼らは、「近道」を探すためには労力を惜しまない。なぜなら、駄作を観ている時間は彼らにとってまさしく「無駄」なものであり、無駄な時間をすごすこと、つまり「コスパが悪い」ことを彼らはとても恐れているからだと話す稲田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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