報道によれば、ロシアのプーチン大統領は2月21日、ウクライナの東部2州のうち親ロシア派が事実上支配している地域について、独立国家として一方的に承認する大統領令に署名したということです。
この後、プーチン大統領はメディアを通じ、ロシア国防省に対しこの地域でロシア軍が平和維持にあたるよう指示したことを明らかにしました。こうした状況に対し欧米諸国の外交担当者らは、これによってロシアが今後「2州を守るため」として、軍の部隊を駐留させることを正当化する可能性があるとの懸念を表しています。
こうして、さらに緊迫の度合いを増すウクライナ情勢ですが、先手を取ってイニシアチブを握りたいロシアのプーチン大統領は、欧米の自由主義諸国との軍事的対立に対しどこまでの状況を想定しているのか。
プーチン大統領は2月7日に行われた仏マクロン大統領との首脳会談後の記者会見で、(マクロン大統領を横に置いたまま)記者団に対し「ウクライナがNATOに加盟し、軍事的手段でクリミアを取り戻すことを決定した場合、欧州諸国は自動的にロシアとの軍事紛争に巻き込まれることをご存知ですか?」と問いかけたと伝えられています。
つまりこれは、ウクライナ情勢はロシアと欧州諸国の戦争に直結しうることを(全世界に対し)改めて仄めかしたということ。その上で、「ロシアは世界をリードする核保有国の1つであり、数々の点でこれらの国の多く(他の核保有国)よりも優れていることも理解している」と言い放ち、NATO諸国が大規模な核戦争に巻き込まれる可能性について警告したと報じられています。
さて、こうして東ヨーロッパを舞台に大規模紛争(場合によっては国家間の全面戦争)勃発の危機感が増す中、岸田総理は2月17日に開かれた宏池会(岸田派)の例会において、「主戦場はヨーロッパと言いながらも、力による現状変更を許すということになると、アジアにも影響が及ぶことを十分考えておかなければならない」と話したとされています。
念頭にあるのは(もちろん)中国の存在で、外交・防衛に詳しい自民党議員の中には、仮にロシアの今回の行動を欧米・日本が許せば、中国による尖閣や台湾有事を誘発する恐れがあると指摘する者も多いということです。
2月20日のTBSニュースは、政府は、この問題は(台湾問題など)将来の日本の安全保障に直結する話だと認識しており、危機感を強めていると報じています。防衛省関係者は「(戦略上)今回ロシアを看過すれば、将来中国の台湾への侵攻のハードルを下げることになる」と話している。岸田総理も、「アジアの前例になるから深刻に受け止めないといけない」と周囲に釘を刺しているということです。
確かに、ロシアを中心に世界情勢が大きく動く中、北京での冬季オリンピックを終えた中国の動きが気になる外交防衛関係者は多いでしょう。ただでさえ、対米関係においてロシアへのシンパシーを隠さない中国・習近平政権にとって、米国一強の世界観が揺さぶられているこの機会を逃す手はないはずです。
ウクライナと言っても、多くの日本人にとっては世界地図を広げなければ場所も判らない遠い国。ニュース映像などで目にする10万、20万のロシア軍が荒野に陸上部隊を展開させている光景も、どこまでリアリティを持って受け止められるかは疑問です。しかし、もしも同じような状況が米中両大国の間に台湾海峡で生まれていたらどうなのか。米中両国が沖縄のすぐ目と鼻の先に空母やミサイルを並べ、一触即発のにらみ合いをしている姿は想像したくもありません。
世界大戦のリスクすら顧みないロシア軍とNATO軍の対峙は、世界の誰にとってももはや他人ごとでは済まされない事態です。(他愛もないフィクションがまかり通る)子供じみた現在の国際社会では、例え大国の指導者でも「一線を越える」のに大したハードルは感じていないのかもしれません。
2月22日の日本経済新聞では、シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマー氏がインタビューに答え、(この先)米中両国が武力衝突する可能性について「米中の新冷戦は、米ソ冷戦よりも『熱戦』に至る可能性が高い」とコメントしています。(「米、冷戦後の戦略『大失策』」)
「米ソ冷戦」は欧州が中心で、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構の衝突は瞬時に核戦争に発展する可能性が高かった。(したがって)代償が大きい分、米ソ間の抑止力は非常に強固だったと氏は言います。一方、東アジアの現状からは、米中が台湾や南・東シナ海を巡って限定的な戦争に至る事態が想定できる。そしてその範囲が限定的な分、戦争の可能性は高まるというのが氏の見解です。
例えば、中国が台湾をめぐる争いに負けた場合、海上で核兵器を使用する事態が想像できる。米国による逆のケースも想定され、(慎重な表現が必要だが)米ソ冷戦時の核戦争の可能性よりも、海上における米中の戦いで核が使われることを想像するほうが容易だということです。
では、それはいつ頃のこととなるのか。中国は「時間は中国の味方」と考えていると氏はこのインタビューで話しています。中国が台湾を統一しようと考えれば、米国に対してはるかに優位になるまで待ったほうがよい。中国経済が今後どうなるか知ることは難しいが、最悪のケースに備え、米国は中国の封じ込めに全力を尽くさなければならないということです。
とはいえ、現在の米国が最も関心を傾けなければならず、実際、乗るか反るかで予断を許さないのがウクライナの情勢です。世界第2位の軍事力を誇るロシアの脅威を前に、米国はアジアと欧州の問題を同時に対処できるのでしょうか。
「米国は欧州とアジアの問題に同時に対処する能力がある。しかし、双方で同時に良い成果を上げる能力はない」と、ミアシャイマー氏はここで指摘しています。しかし米国は、(愚かにも)ロシアを中国側に追い込んだ。普通に考えれば、中国に対抗するためには米国はロシアと手を結ぶことが上策だが、NATOを東に拡大したことでロシアとの間に緊張感を招き、アジアに完全に軸足を移せずにいるということです。
さて、自由主義諸国が連消して中国と対峙する場合、日本がその主要なプレーヤーとして役割を果たすことを(特に米国から)求められるのはおそらく間違いないでしょう。その際に日本は、韓国や他のアジアの国々とも痛みを分け合いながら、東アジアの平和と安定のために大きなリスクを背負っていかなければなりません。
そう考えれば、いま日本政府がとるべき道はいずこにあるのか。それは米国に対し、なぜ今東欧でロシアと争うことが不合理なのか、なぜ米国は東アジアに集中すべきか、その理由について徹底的に説明することだと話すこの記事におけるミアシャイマー氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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