川崎市と伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は2月1日、タクシーを活用した次世代交通システム「MaaS」の実証実験を始め、データを収集すると発表しました。その内容は、登録した利用者がスマホのアプリや電話で乗車時間と乗降場所を指定するだけで、簡単にタクシーの乗車を予約できるようにするというもの。電車の駅と病院、スーパーマーケットと自宅の間など、公共バスが通らない地域をタクシーがカバーし、移動問題の解決につなげるのが狙いだということです。
人口構成の高齢化や地方の過疎化が進み、電車やバスなどの公共交通機関がその機能を発揮しにくい環境が日本の各地で生まれています。地方を支えてきた自家用車による移動も高齢者の増加などにより難しくなる中、国内の移動手段を総合的に活用するため、こうしたモビリティを見直す動きが急速に進んでいるようです。
中でも期待されているのが、公共インフラとしてのタクシーやオンラインを使った配車ビジネスと言えるかもしれません。「タクシーなんてもったいない」という(昭和を生きた)高齢者の意識を変えてもらい、タクシーを「動き回る身近な公共インフラ」としてもっと活用できないか。ひとつのビジネスチャンスとして、(今後も)マーケットの拡大に向けた様々な取り組みが生まれてくるのではないでしょうか。
そうした状況を踏まえ、1月27日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に、モビリティジャーナリストの楠田悦子(くすだ・えつこ)氏が、「タクシーが成長産業な訳─「客待ち」ではなく「創客」の時代へ」イと題する論考を寄せているので参考までに小欄にその内容を残しておきたいと思います。
緊急事態宣言による観光客の激減、飲食店の営業時間短縮、テレワークの普及などによって人の動きが止まり、タクシー業界には甚大な影響が出ているという。需要回復に向けた足取りは鈍く、全国ハイヤー・タクシー連合会は当分の間、コロナ禍以前の水準に回復する見込みはないとしていると楠田氏はこの論考に記しています。
国土交通省の報告書「新型コロナウイルス感染症による関係業界への影響について」(2021年4月30日時点)によれば、タクシーによる輸送人員は41%減り、運送収入が30%以上減少した事業者は76%に及んでいるとのこと。92%の事業者が政府の資金繰り支援を、74%の事業者が雇用調整助成金を受けてしのいでいる状況だということです。
苦境に立たされる、観光客、夜の飲食店利用者、出張中のビジネスマンをターゲットにしてきたタクシー事業者たち。しかしその一方で、あまり大きな打撃を受けずに戻った需要もあるようだと氏はこの論考で指摘しています。それは、クルマの運転ができず、買い物や病院など、日常的な移動にタクシーを使う高齢者の需要。同じタクシー業界でも、車いすの乗降サポートができ、高齢者や障害者をはじめ地域住民を大切にしている事業者は、コロナ禍にも強いことがわかってきたということです。
こうした、「タクシーを日常的に利用したい」というニーズは、今後も堅調に推移するだろうと楠田氏は見ています。免許を返納する高齢者は年々増えており、今後さらに増加する見通しとされる。警察庁の運転免許統計によると、2019年の自主返納者数(申請による運転免許の取消件数)は601,022人、2020年はコロナの影響を受けて前年より減少したとはいえ552,361人に及んでいる。これから先、ほとんどの人が免許を持っている(団塊の世代以降の)人たちが高齢化すれば、その数はまさに鰻登りになるだろうということです。
鉄道・バス・コミュニティ交通は、誰でも利用できるように運賃が設定されている。公共性を踏まえた価格設定のために赤字経営を余儀なくされ、国や県、市区町村からの補助金がないと継続が難しいのが現実だと楠田氏は言います。そこで氏は、現在、クルマの購入や維持にかかっている費用(コスト)をもう一度振り返ってみてはどうかと提案しています。
まず、購入するには軽自動車でも100万円以上かかり、60歳以上の男性が憧れるセダンなら300万以上はする。(試算では)維持費は軽自動車でも年間約38万円、月ごとでも3万円以上かかっている計算だと氏は言います。クルマありきの生活をしてきたため、公共交通にお金を支払う思考がないのも当然だが、仮に(滋賀県)大津市の免許返納者1510人のうち1000人が公共交通に月々3万円を支払ったとしたら年間で3億円以上になり、そのお金を原資にすることで、地域に充実したモビリティサービスを導入できるかもしれないというのが氏の見解です。
他の公共交通事業者と比べ、柔軟にサービスを展開できるのがタクシーの長所だと、氏は改めて指摘しています。自宅玄関から目的地までドア・ツー・ドアで運び、しかも乗務員と乗客といったパーソナルな関係を築くことができる。これまでタクシーといえば、駅前や飲食店から出てくる客を待つか、電話で依頼を待つかが中心で、地域社会に向けて積極的にタクシーの使い方を提案しながら営業するタクシー会社は極めて少ないというのが氏の指摘するところです。
例えば、介護施設などと連携した定期的な通院のサポートや、スーパーや百貨店との提携による買い物サポート。免許返納後の家庭との間で移動に関する総合的な生活サポート契約を結ぶなど、工夫次第でタクシーの需要はまだまだ伸びるのではないかと氏はしています。行政として、まずはタクシー業界の可能性を再検討し、そこから使い方を高度化していくことが、(現在大きな課題となっている)総合的な交通改革の一つの道として考えられるのではないかということです。
確かに、(言われてみれば)数ある既存の移動手段の中で、タクシーほど身近で柔軟な存在は他に見当たりません。自動運転や行他の多様化など、様々な変化の波にさらされてはいるものの、モビリティの観点から言えばタクシー業界の将来は決して暗いものではない。高齢化社会の貴重なインフラとして、タクシーが力を発揮できる場所はだまだたくさんあると考える楠田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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