ウクライナとの国境周辺やベラルーシ国内に展開されている10万人とも20万人とも言われるロシア軍。彼らに対し、ロシアのプーチン大統領からウクライナへの国境を越えて侵攻するよう命令が出されたとの情報が(米当局に)もたらされたと、2月21日の米紙ワシントン・ポストが報じています。
記事によれば、ペンタゴンとホワイトハウスは(既に先週の時点で)侵攻命令の情報を入手しており、ここ数日のバイデン大統領やブリンケン国務長官の発言は、この情報に基づいているとされています。実際、バイデン氏は2月18日の時点で「ロシアのプーチン大統領が侵攻の決断を下した」と発言しており、その断定的な口ぶりに世界のメディアが驚いたのも記憶に新しいところです。
大統領の発言を受け、ハリス米副大統領はミュンヘン安全保障会議の場で各国首脳らに「大統領の言う通り、プーチン氏は決断を下した」と語っており、ウクライナ情勢において外交解決への道が「狭まってきている」ことが示唆されます。また、ブリンケン米国務長官は2月20日のCNNとのインタビューで、「ぎりぎりまで外交努力を続ける」と表明する一方で、「プーチン氏が決断を下したとの確信がある」と述べ、ロシアがウクライナに侵攻した場合にはこれまでにない大きな代償を払うだろうと話しています。
しかし、一方のプーチン大統領は、「ロシアとしては自らウクライナに侵攻する意図はない」と繰り返し主張しています。2月18日にはロシア外務省が安全保障問題をめぐってアメリカに回答した文書の内容を公開しており、この中でもウクライナに軍事侵攻する意図を改めて否定したところです。
ロシア側はこの文書において、「アメリカとその同盟国が去年の秋から主張している『ロシアの侵攻』は存在せず、その計画もない」と主張しています。そのうえで、「もしもウクライナがNATOに加盟すれば、アメリカやその同盟国とロシアとの武力衝突を引き起こすことになる」と警告しているとされています。
さて、こうして双方が(子どもの喧嘩のように)「悪いのはそっちだ」と言い合っている現在の状況に対し、(国内報道は)プーチン大統領の挑発行為は、軍事侵攻のためのきっかけづくりに過ぎないとの指摘が大勢を占めているようです。そうした中、2月20日のNewsweek日本版に中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏が、「なぜアメリカはロシアがウクライナを侵攻してくれないと困るのか」と題する(ある意味正反対の立場からの)論考を寄せていたので、参考までにここで紹介しておきたいと思います。
実際のところ、ロシアがウクライナを侵攻してくれると(あるいは侵攻しそうな様子を見せてくれるだけで)、アメリカにはいくつものメリットがあると遠藤氏はこの論考に綴っています。こうした状況は、中国の台頭やトランプ政権の自国中心政策などにより失われた米国の威信を取り戻すと同時に、アメリカ軍事産業を潤すことにもつながる。欧州向けの液化天然ガス輸出量を増加させアメリカ経済を潤せば、秋の中間選挙を有利に進めることも可能になるということです。
特に、昨年8月のアフガンにおける米軍撤退があまりにお粗末であったため、アフガンの占拠と統治に20年にわたり協力してきたNATOはまるで梯子を外されたようになり、アメリカの信用は地に落ちたと氏はしています。そこで、ロシアが例年の軍事演習をウクライナ周辺で行っていることを利用して、米国は「ロシアがウクライナに侵攻してくる!さあ、みんなで結束してロシアのウクライナ侵攻を食い止めよう!」と、(尋常ではない勢いで)国際社会に呼び掛けた。この作戦は見事に当たり、多くの西側諸国を「ウクライナ侵攻」を信じる方向に向かわせることに成功したというのが氏の見解です。
ブリンケン国務長官が目の色を変えて「一に結束、二に結束!」と叫ぶのは、「NATOの結束」をアメリカに向かう方向に取り戻したいから。いくらプーチン大統領が「ウクライナに侵攻するつもりはない」と繰り返しても、「プーチンはウクライナを侵攻する決断をすでに下した!」と(あたかもプーチンの心を見通すことができるように)ふるまうのは、ひとえに(自由主義世界のリーダーとしての)米国の威信を取り戻したいからだということです。
プーチンの要求は、あくまで「ウクライナをNATOに加盟させるな」というただその一点に尽きるが、そもそも現状ではウクライナはNATOには加盟できる状況ではないと遠藤氏はここで話しています。
それは、NATOの第5条(Article 5)に「―締約国は、欧州または北米における1つ以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する武力攻撃とみなし、(中略)武力行使を含む必要と思われる行動を、個別的および他の締約国と共同して直ちに執ることにより、攻撃を受けた締約国を支援することに同意する。」という規定があるから。ウクライナがロシアと紛争状態にあるとすれば、ウクライナはNATOに加盟する資格はない。どのNATO加盟国も、(語弊があるが、小国)ウクライナのために、自国がロシアとの世界大戦に巻き込まれるのは「ごめんだ」と思っているのが正直なところだということです。
一方、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟しさえしなければウクライナに侵攻するつもりなど(はなから)ないと何度も表明している。実際に、(ウクライナのゼレンスキー大統領も話しているように)今回のロシア軍の動きに特別なものはなく、今年の軍事演習も例年通りの規模で行っているだけということかもしれないと遠藤氏は言います。
そうした状況下で、もしもロシアが(流れに任せ、もしくは挑発に乗って)ウクライナに侵攻すれば、西側の経済制裁を受けることに加え、何よりプーチン大統領の唯一にして最大の味方である中国の習近平国家主席の「ご機嫌を損ねる」ことになってしまう。もしも中露が不仲になったら、孤立無援となったプーチン政権もさすがに堪えるだろうというのが氏の指摘するところです。
なので、プーチンはウクライナに侵攻しないと(ほぼ)断定していいのではないかと、遠藤氏はこの論考に記しています。ロシアはたしかにクリミアを併合した。しかしあのときとは欧州の状況も米中関係も異なるし、軍事力のバランスも変わっている。中国の経済力無しにロシアが今後生き延びていける道はなく、そうした中で国際社会がバイデンのゲームに躍らされ国力を消耗していくのは賢明ではないというのがこの論考における遠藤氏の認識です。
さて、事の真偽はさておき、ウクライナ周辺国に精鋭を派兵したアメリカに対し、ウクライナの親ロシア派やベラルーシなどが引こうにも引けない状況にあるのは事実であり、一方、米国やNATO軍の後押しを得たウクライナ国内の(反ロシア)ナショナリズムも高揚の兆しを見せているようです。連日報道されているように、国境付近では一触即発の緊張感が高まっており、一部では既に戦闘行為にエスカレートしている状況もあると聞きます。
自由主義諸国の先頭に立ちロシアプーチン政権との対立関係を誇示する米国の戦略は、どこまで信用できるものなのか。中露の動きは常に警戒しなければならないが、しかし少なくともこの日本が、アメリカの戦争のロジックには嵌ってしまわないことを祈りたいとこの論考を結ぶ遠藤氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。
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