SNSを利用した「闇バイト」に関係する強盗事件が相次いだことを受け、政府は月内にも全閣僚が参加する犯罪対策閣僚会議を開き、省庁横断で闇バイト対策を強化する方針を固めたと、3月10日の読売新聞が伝えています。
関東など各地で発生した強盗事件では、高額報酬をうたう闇バイトの募集に応じた若者らが実行役となっている。住人に暴力をふるって金品を奪うという凶悪な手口で、国民の間に不安が広がったと記事はしています。警察庁によれば、2021年の夏以降、14都府県で50件以上のこうした事件が起きているということであり、国民の「体感治安」の悪化を食い止めるため、政府は総合的な対策に本腰を入れるということです。
闇バイトは、こうした強盗事件ばかりでなく、特殊詐欺の末端メンバーや違法薬物の荷受け役の募集などにも悪用されていることから、政府は最新の犯罪情勢を踏まえた対策を検討するとされています。
ネット上で不特定多数の「ならず者」を募り、悪事を働かせたうえで上前を撥ねるなどというのは、これまでの日本の社会では考えられなかったような犯罪形態。ドラマのような(このような)計画が実行されるようになった背景には、いったいどのような変化があるのでしょうか。
参考になるかどうかは分かりませんが、『週刊プレイボーイ』誌の2月27日発売号 に、作家の橘玲氏が「『闇バイト』に申し込むのはどういう若者なのか?」と題する興味深い一文を寄せているので、その一部を小欄に残しておきたいと思います。
多額の現金がある家を特定し、SNSで集めた「闇バイト」を使って強奪するという凶悪事件が全国で多発し、社会不安が高まっている。報道によると、彼らの多くは「日当100万円」などの投稿をSNSで見つけて応募し、その後、強盗であることがわかって躊躇したものの、「家族に危害が加えられると言われやめられなかった」などと供述していると、橘氏はこのコラムに綴っています。
こうした彼らに共通しているのは、犯罪行為を強要された際に「警察に相談する」など他の選択肢を考えることなく、「しかたない」と(あっさり)状況を受け入れてしまっていること。(「日当100万円」から想定されるリスクばかりか)その後の成り行きをそのまま受け入れてしまう合理性の欠如にあるというのが氏の認識です。
そこで橘氏は、精神科医の宮口幸治氏は著書『ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』(新潮新書)に描かれた、医療少年院に収容されている田町雪人という(架空の)少年の姿を(以下のように)紹介しています。
・ 貧しい母子家庭で育ち、6歳から万引きを始め、中学で児童自立支援施設に入所した雪人。彼は、暴力、無免許運転、窃盗、無銭飲食などにより16歳で少年鑑別所に入所し、軽度知的障害を疑われ医療少年院に送致された。
・ 雪人のIQは、生育環境などによって異なる障害認定の境界部分にある68。見た目はどこにでもいる普通の若者だが、小学校3、4年レベルのコミュニケーション力しかなく、繰り下がりのある引き算ができず、丸いケーキを三等分する方法がわからないといった青年だとされています。
・ 少年院を優等生として過ごした雪人は、10カ月で出院。母と2人で暮らしながら、地元の建設会社で働きはじめるが仕事が覚えられず、遅刻を注意した主任を思わず殴ってしまい職場を解雇されてしまうということです。
・ 雪人は、母の期待を裏切らないために、パチンコ店でたまたま出会った地元の先輩から誘われた仕事を始めるが、それが特殊詐欺の受け子だった。2回目の仕事で受け取りに失敗した雪人は、先輩から「1週間で50万円用意できないと大変なことになる」と言われ、つき合い始めたばかりの彼女に(1か月で利子をつけて返すと約束して)50万円の借金をする。
・ その後、彼女から借金の返済を強く催促される雪人。夜の公園に呼び出して交渉するものの「嘘つき! 警察に言ってやる!」と叫ばれ、近くにあった石を拾うと後頭部めがけて思い切り殴りつけた…という物語だそうです。
この物語に登場する雪人は、決して宮口氏による空想上の存在ではない。都会の片隅のどこかに今でもひっそりと生きている、ごく普通の少年たちの一人だと橘氏は捉えています。
社会の中には、(その生い立ちや能力から)自分だけの力では生きていけない人々が確実に存在している。そして、ネットという環境を巧みに利用しながら、そうした人たちを(ある意味)「食い物」にして不当な利益を上げ、あるいは犯罪に巻き込み(自らは安全な所に居て)上前を撥ねている人間や組織があるということでしょう。
私たちの社会は、雪人のような少年たちのために一体何ができるのか。こうした話を聞くにつけ、追い詰められて凶行に及ぶ人たちを怖がり、逮捕し、排除すればそれで「問題は解決」というわけにはいかないことを、改めて感じさせられるところです。
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