厚生労働省が11月28日に発表した「賃金引き上げ等の実態に関する調査(2023)」によれば、従業員1人当たりの平均賃金改定率は昨年よりも3.2%、額にして9437円のプラスに振れ、1999年以降で最大の伸びだったということです。
前年の改定率は1.9%、5534円にとどまっていたということですから、その変化は(ある意味)「劇的」と呼んでもいいほど。物価高やタイトな労働市場の下、特に人手不足を背景に賃上げに踏み切る企業が増えたということでしょう。
一方、こうした経営環境の変化に伴い、人手不足に起因する倒産が増えているという話もしばしば耳にするようになりました。
2023年度上半期(4〜9月)の「人手不足」関連倒産は82件で、前年同期(31件)の2.6倍に急増。年度上半期では2019年同期の81件を超え、調査を開始した13年以降で最多を記録したとされています。理由別では、「求人難型」が34件、「人件費高騰型」が30件、「従業員退職型」が18件であり、前年同期と比べ、人件費高騰型で6倍、求人難型では2.6倍に急増したということです。
コロナ禍の環境からの脱却が進む世界経済。一方、インバウンドの持ち直しや国内需要の回復によって(サービス業などの労働集約的な産業を中心に)進む人手不足に、どのような対策を講じることができるのか。
11月30日の情報サイト「Newsweek日本版」に、経済評論家の加谷珪一氏が『働けるのに「あえて働かない」人たち...空前の「人手不足」のなか、彼らが求めているものとは?』と題する論考を寄せていたので、参考までに概要を小欄に残しておきたいと思います。
内閣府による10月の「月例経済報告」で、働く意思があるにもかかわらず実際に仕事をしていない人が530万人に達するという試算が明らかになった。日本社会は空前の人手不足・供給不足となっているが、多くの労働者を生かし切れていない実態が改めて露呈した形だと、加谷氏はこの論考の冒頭に綴っています。
報告によれば、わが国には①就労時間の増加を希望しており、実際に増やすことができる人が265万人、②失業者として仕事を探している人が184万人いるとのこと。一方、③働くことを希望しており、実際に働けるもののあえて就職活動をしていない人も84万人いるとされ、全てを合計すると実に約530万、日本の全就業者(6750万人)の約8%に当たる人材(労働力)が眠ったままだということです。
そして、この中で特に問題なのは、①と③だろうと加谷氏はここで指摘しています。①に該当する労働者のうち(少なくとも)半数近くは女性の短時間労働者、つまりパート労働者ということになるのだろう。就労時間の増加をためらっている理由は、年収が一定金額を超えると扶養から外れ手取りが減少するという、いわゆる「年収の壁」である可能性が高いということです。
一方、③(働けるにもかかわらず就職活動をしていない人)については、その理由に「勤務時間・賃金が希望に合わない」「自分の知識・能力に合う仕事がない」を挙げている人が多く、典型的な雇用のミスマッチと考えられると氏は言います。
(そうした人たちに対しては)企業側が多様性のある職場環境を提供したり、業務の高付加価値化を進めていけば、多くの人材が労働市場に戻ってくるのではないか。加えて言うと、どちらも女性が多いという点で一致しており、日本の場合、雇用のミスマッチと男女間の格差の問題は同一であることが分かるというのが氏の指摘するところです。
次に、②の実際に仕事を探している人(失業者)については、男性のほうが多いという特徴が見られ、仕事に就けない理由で最も多いのは「希望する仕事がない」という項目だったと氏は話しています。
ハローワークに行けば、決して仕事自体がないわけではない。かれら失業者について言えば、(その多くで)本人の意思と実際に持っているスキルに乖離が生じている可能性が高いというのが氏の見解です。
政府が積極的に学び直しの機会を提供し、労働者のスキルを高めることで、ミスマッチも解消に向かうと考えられる。少なくとも①については年収の壁を取り払うことで、短期間で就業者を増やすことが可能であり、③についても賃上げが実現すれば、就労はかなり進むはずだということです。
ともあれ、一連の状況から分かるのは、現在の人手不足、供給不足は、人材の有効活用ができていないことが主要因であり、決して不可抗力ではないということ。企業が業務プロセスの見直しやデジタル化などを積極的に進めていれば、より高い賃金を提示でき、スキルに見合った職種を増やすことが可能だったはずだと加谷氏はこの論考に記しています。
スキル不足についても、政府が積極的に教育の機会を提供することで、相当程度解消できる可能性が高い。一連の問題は、企業の経営努力不足に加え、政府の支援策不足が招いたことで、逆に言えば、こうした取り組みさえ実施すれば人手不足は解消されるというのが、氏がここで提案する解決策です。
さて、こうした状況から判るのは、人手不足で倒産する企業が相次ぐ一方で、巷には働く意欲も能力もあるのに働いていない人が案外たくさんいるということ。「ミスマッチ」と言ってしまえばカッコよく聞こえるものの、要は「(安い給料で)それほど無理して働く必要はない」と考えている人がまだまだ多いということもあるのでしょう。
待遇が仕事の内容にふさわしいものになっていなかったり、生産性の見直しが進んでいなかったり。(勿論、自分の能力以上に高望みしている人もあるのでしょうが)いずれにしても、日本の人材活用にはまだまだ多くの課題があり、これが「賃金が上がらないのに物価が上がる」悪いインフレを助長しているといのは確かなことだと氏は言います。
目の前にある人手不足は、事業のやり方や(場合によっては)事業自体を見直す好機となるに違いない。少なくとも、ただ何もせず待っているだけでは、日本経済が成長しないことは明らかだとこの論考を結ぶ加谷氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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