MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯734 ポピュリズム台頭の時代をどう読むか(1)

2017年02月22日 | 社会・経済


 国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウオッチ(HWR)は、1月12日に発表した世界人権年鑑2017で、米国におけるトランプ大統領の就任や欧州での大衆迎合主義的な政策を掲げる政治家の台頭が人権への「深刻な脅威」となっていると警告しています。

 Newsweek紙などの報道によれば、HRWのケネス・ロス代表は同報告書で「トランプ氏や欧州のさまざまな政治家は、人種差別や外国人嫌悪、女性蔑視、移民排斥を訴えることで権力を手中に収めようとしている」と指摘。「私たちは、過去の扇動政治家の危険を忘れている」として、世界中の有権者は真実や民主主義の価値を基礎とした政策を求める必要があると訴えているということです。

 2017年を迎えた国際社会で特に昨年来、世界的な兆候として懸念されている(このような)ポピュリズムの台頭に関し、作家の橘玲氏は1月5日の自身のブログにおいて興味深い指摘を行っています。(『欧米で台頭した「右派ポピュリズム」が2017年に影響力を増していく理由』橘玲の日々刻々)

 橘氏はこの「ポピュリズム」という言葉を、なんらかの主義(イズム)というよりも、大衆を動員する政治手法として捉えています。そして、そうであればこそ、ポピュリズムは、左派から右派までさまざまな政治的主張と組み合わせることが可能だと説明しています。

 有権者を惹きつけるもっとも効果的な方法は、人々の理性にではなく感情に訴えることだと橘氏は言います。これが(いわゆる)「反知性主義」で、社会を不当に支配しているエリートを批判し、「理屈(知性)よりも人々の本音(感情)に寄り添うことが真のデモクラシーだ」と主張する。つまり、ポピュリズムの特徴は、複雑な現実を単純な図式に落とし込んで、善悪二元論の勧善懲悪の物語をつくるところにあるということです。

 ハリウッド映画に象徴されるように、人類はこれまでも「俺たち」を「善=光」とし、「奴ら」を「悪=闇」として、光と闇の戦いの果てに最後は「正義(善)が勝つ」という物語を延々と紡ぎつづけてきた。 ポピュリストはこのことをよく知っているので、感情に訴える巧妙な物語で大衆を動員し、(実際、物語(フィクション)である以上それが事実かどうかは二の次なので)原理的にポピュリズムは「Post-truth」なのだと橘氏は指摘しています。

 さらに氏は、ポピュリズムのもうひとつの特徴は、議会による議論よりも国民投票や住民投票によって決着をつけるよう求めることだとしています。

 知性ではなく感情に訴えるポピュリストの手法は、議会での複雑な議論ではなく一発勝負の直接民主政で最も大きな効果を発揮する。それが、(国会議員の大半がEU残留を支持していたにもかかわらず)英国の国民投票で離脱派が逆転勝利した理由であり、米国大統領選挙で予想外の結果が生まれた理由でもあるということです。

 一般的に、カネで有権者を釣る「左派ポピュリズム」は後進国に特有の政治現象で、先進国では克服されたと考えられてきたと橘氏は言います。
しかし、(最近では)ユーロ危機で財政破綻寸前に追い込まれたギリシアに急進左派連合のチプラス政権が誕生し、スペインでは新左翼のポデモスが、イタリアでも人気コメディアンが率いる「反資本主義」の5つ星運動が党勢を拡大するという事態も生している。

 橘氏はその理由を、ヨーロッパが「北」と「南」に分断されていて、「後進性」の強い「南(ラテン)」では、左派ポピュリズム(空想的理想主義)が現在も強い誘引力を維持しているところに見ています。

 一方(それとは別に)、政治的に進んでいる「北(ゲルマン・アングロサクソンなど)」のヨーロッパでは、新しいタイプのポピュリズムが台頭してきたと橘氏は指摘しています。

 彼らは国ごとに様々な政策を掲げるが、近年ではその主張は「反移民」「反EU」に収斂している。氏はこの論評で、彼らのことを、(後進国型の)左派ポピュリズムに対して、先進国型の「右派ポピュリズム」と呼んでいます。

 こうした「右派ポピュリズム」は、これまで「移民(難民)問題」を抱えるヨーロッパに特有の現象だと見られてきたが、トランプ旋風は、大西洋を越えたアメリカでもまったく同じことが起きていることを明らかにしたと氏は言います。

 それでは、何故この「右派ポピュリズム」は、これほどまでに大きな影響力を持つようになったのか?

 その理由について橘氏は、左派ポピュリズムの定番の物語が「善良な民衆が悪の権力者(外国資本やグローバリズム)によって搾取されている」というものだとすれば、右派ポピュリズムの物語は、「何者かがあなたや家族の生命・生活を脅かしている」という(危機感をあおる)ものだからだと説明しています。

 ヨーロッパの場合この「脅威」はムスリム移民であり、トランプ氏はこの構図をそのままメキシコなどからのヒスパニックの移民やイスラーム過激派の治安上の脅威に当てはめた。橘氏は、こうして人々の「知性」ではなく「感情」に直接訴える物語は、現代社会においてとてつもなく強い力を持つようになったとしています。

 現代の先進国において、子どもが誘拐される可能性は交通事故にあう確率よりはるかに低く、ほぼゼロと言ってもよいかもしれません。しかし、それでも最近のマンションでは、「知らない大人に声をかけられても無視するように教えているから子どもに挨拶しないでください」との回覧が回ってきたりしています。

 こうしたことからも分かるように、「愛する子どもの生命が危ない」と言われれば、誰もその警告を無視することはできない。言い換えれば、それほど成熟した先進国は、「安全」にきわめて大きな価値を置く「リスク社会」に変貌していると橘氏は言います。

 このような状況は先進国に共通で、これほどまでリスクに敏感になった社会が、無差別に銃撃されたり大型トラックが突っ込んできたりするような非日常的な凶行を許容できるはずはない。そうして、この圧倒的なリアリティによって、右派ポピュリズムはリベラルな文化多元主義のきれいごとを粉砕していくのだということです。



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