10月の初めにカナダを離れてバンコクを目指した。やはり日本の上空を飛行しているのだが最初に着陸したのは台湾の南の都市高尾だった。そこで5,6時間待たされてやっとバンコク行きに搭乗できた。バンコクでは迎えに来てくれていたGermain(僕の恋人であるClaire の元亭主)に従って彼のアパートへとタクシーを走らせた。彼はタイ人の女性とワンルームのアパートに同棲していて僕はClaireが手配してくれていたGermainの隣室に落ち着くことになった。そこでClaire がやってくるのを待つのである。Claire は春から初冬にかけて母親の(自家菜園)を手伝うために帰ってくるのだが、雪に閉ざされてしまう冬の間はいつも東南アジア諸国を旅しているのであった。40代でひと財産作ったのでもう労働には携わらないのであった。ややあって彼女が到着したので僕たちは仲睦まじく暮らした。夕食はいつもGermainの部屋でにぎやかに食べたGermainの恋人の家族も参加するので毎日がパーティーのようだった。その年の暮れ、2004年12月26日にスマトラ島沖大地震が発生し、タイのプーケットなども甚大な被害を被った。僕たちは犠牲者の冥福を祈った。
都市が明けてすぐ僕は日本を目指した。旅の軍資金がなくなってきたので一年日本でタクシー運転手をするつもりであった。そして昔の古巣に舞い戻ったのだけど、1年たてばまた脱出出来るのだからと自分に言い聞かせて仕事に励みせっせと倹約して次の旅費を貯めた。4畳半一間共同便所の古い木賃住宅だが人間次の目的があれば惨めさは感じないで済む。この歳小生は満56歳を迎えている。ちょうど今から20年前の話である。
多くの小鳥が僕だけには警戒心を持たないでいてくれる。
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