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Thai Paris Cairns Chendeu Siem reap

自分との距離

2015-03-08 22:27:31 | 北海道

自分が書いたものを時間が経ってから読み返して、今これは書けないな~と思うことが時々ある。

そしてそれは、長らく文章を書いていない時に感じることだと思っていた。

でもどうやらそれは違うみたいだ。

ここのところ文章を書き続けているのに、日本に帰ってきてからブログの内容が薄くなったと感じる。

事実を淡々と述べている感じが特に。

タイにいるときは毎日同じことをしかしていない上に、静かに過ごせる時間が無尽蔵にあって、本当に様々なことを考えていたようだ。今はそこまで書けない。

どっちがいいとか、悪いとか、そういう話ではないのだが、単にその変化が面白い。

 

自分は同じ自分で、文章を書く力はそんなに変わっていないはずなのに、その時の過ごし方とか、まわりの環境によって、これだけ考えることや書く事に違いが出てくる。

言われてみたら当たり前かもしれないけど、これは割と重大なことだ。

自分さえしっかりしていれば大丈夫、こう生きたいというのがはっきりしているからオッケー、という考え方が通用しなくなるからだ。

いくら己を見失わず、ストレスなく生活していても、人は思った以上に環境に影響される。

こうありたいと思っていたことすら忘れるほどに。

就活しているあたりからそれを感じ始めたが、ここに来てそれがすごくはっきりした。

だからこそ、どう生きたいか考えて、どういう環境を選ぶのかはすごく重要だと思っている。

 

少なくとも、今どういう環境にいるのかを客観的に見ることができれば、それだけでだいぶ気持ちが楽になるし、今後が楽しみになってくるはずだ。

 

今回の旅でいうと、タイでは行動はほとんど人任せで、自分の時間を存分に持つことができ、内面的に充実していた期間。

逆に北海道では、ほとんどずっと人といて、先の計画を考え、慌ただしく刺激的に過ごす日々が続き、行動の面で充実していた期間だと言える。

どっちもすごく大事だし、両立することはできない。

 

なので、このバランスをとりながら、かつ楽しいと思えることをやりながら生きていければ、これ以上の幸せはないと思う。

そのためには絶対に他人が必要で、どういう人とどういう環境で生きていくかは永遠のテーマなのかもしれない。

 

とにかくこの北海道は今を全力で生きるフェーズ。

 

そのバタバタとした旅に少し考えるゆとりを与えてくれた、然別の町に感謝。

 

 

Q.E.D.

 

道中少し寄り道。幻の魚イトウがたくさんいて驚いた

 

順調すぎる到着。氷の町はもはや異国

 

夜は氷でできたバーへ

 

 

 

氷のグラス、テーブル、椅子でいただく山崎は格別だった