この曲は2009年、宮崎の天岩戸神社で
不思議な体験から生まれた曲です。
あまりに神秘的な誕生の仕方だった為、
安易に世にだしてはいけない気がして
宮崎の口蹄疫の時以来ずっと封印してましたが、
まだ自粛の地域もあり大変な皆さんに少しでも神々の空気やパワーをお届けしたく
昔の写真引っ張りだしてムービーにしてみました。
(曲の後半には、天岩戸神社の駐車場で急遽録音したそのままの音源もつけています。天照様たちも出てきます)
◆曲の誕生について(長文です)◆
宮崎の小林で、阪神淡路大震災の時にお世話になったかたのされてるカフェで
『あの時はありがとう』や
防災を伝えるコンサートをさせていただきました。
帰りに行った宮崎県の高千穂にある天安河原は
神話の世界では日本を作ったとされるイザナギとイザナミの娘である太陽の神・天照大御神が隠れていたという天岩戸のある場所。
天岩戸神社で特別に入らせていただいた
神秘的な場所で、私は不思議な体験をしました。
「ありがとう・・・、ありがとう・・・」
という無限の感謝の言葉が女性の声で聞こえてきて
さらに私の中で始めて聴くメロディと共に鳴り響き 気付いたら涙が溢れていました。
そんな天から舞い降りてきたような大切な曲は
実は思わぬ形で宮崎に残っています。
2010年、宮崎で口蹄疫が起こったとき、
宮崎の皆さんが苦しんでるのに、
震災の時助けてもらったのに
何もできないなんて・・・
と歯がゆい想いでいっぱいになり、
家族のように大切にされている牛さんや豚さん、
飼い主の方々、獣医さん・・、
心苦しんでおられる宮崎の全ての方々に
少しでもストレスが和らいだり、
何かお役にたてたら・・
というせめてもの想いで、
宮崎の大切な場所で生まれた、
もしかしたらパワーがあるかもしれない
この音楽とお手紙を
宮崎に住むお世話になった方々と
当時の東国原知事にお送りしました。
その後、まもなく終息し、
宮崎県庁の秘書課の方から
突然のご連絡をいただきました。
「今、宮崎では 口蹄疫の教訓をこれからの為に ありのままの口蹄疫をきちんと残すために、今DVDを作っている最中なんです。
色々な音楽を合わせてみましたが
中谷さんが以前送ってくださったCDが牛さんや豚さんへの追悼としてもぴったりなので
ぜひ使用させていただきたいのですが
よろしいでしょうか。
納得していただけるか一度見ていただきたく、
その後に了承を得たいのです。」
と特別に映像を見せていただきました。
宮崎県庁の職員用の秘蔵DVDとして
ありのままを残している
大切な記録DVDなので 目をそらしたくなるような映像もたくさんありました。
宮崎の皆さんの不安げな表情、
注射による殺処分、
電気ショックによる殺処分
そしてガス殺処分・・・。
牛さんや豚さんが少しでも苦しまずにすむように・・と宮崎の方々がいろいろ一生懸命に考えた苦肉の策がガス殺処分だったそうです。
亡くなった牛さん達がクレーンでつり上げられ 埋められていく姿には胸が締め付けられ
いろんなメッセージを感じざるをえませんでした。
動物を救うために獣医さんになったのに 他への感染を防ぐために
殺処分の注射をしなければいけないこと・・どれほどに辛かったでしょう。
そして 子供のように大切に育てて来られた方々の心情・・いろいろ考えると
言葉にならずただただ涙が止まりませんでした。
ずっと残していく大切な映像に、
私の音楽を選んでくださったことをとてもありがたく思い、
心を込めて奏でた想いもBGMとして
一緒に大切な記録に参加させていただきました。
ありのままを記録するこの映像を作った
宮崎の方々もとても辛かっただろうと思います。
あの日のコンサートで
「うちの牛たちにも いつかあなたの音楽を聴かせてやりたいなぁ・・」
と言っておられた あのお客様のことも
今でも私はずっと気になっています。。
ずっと隠れていた天照さまが
天岩戸から出て来られた時のように また光が戻った宮崎、
他の地域に感染させることなく
辛い想いをされても
全国の数えきれない命を救ってくれた
宮崎のかたがたを思いだしました。
今甲子園や総体、コンクールなど様々な大会やイベントなど
いろんなことをみんなが涙を流して
耐えている状態とリンクしている気もし
昔の演奏だからエネルギーが違うような気もして
迷いましたが
また世界中に光や笑顔が戻るように
エールを込めてこの曲をupしました。
私にはこんなことしかできませんが
またコロナが落ち着いたら大切なことを
たくさん後世に伝えていきたいと思います。
また宮崎にも行けますように🍀
長文読んでくださりありがとうございました。
世界中にまた平和が戻りますように🍀