東京の神田神保町界隈は私にとっては大変に懐かしい場所で、神田に行けば、カレーの店「キッチン南海」キッチン「ジロー」等で食事をした後は、必ずの様に喫茶店「さぼうる」「ミロンガ」等で一休みします。また、古書会館始めとして、神田の古本街を冷やかして歩くのも、私の楽しみ一つです。
今年の6月頃久しぶりに日本へ帰国した際、東京は神田神保町にある内山書店を覗いてきました。今は中国に滞在中の事もあり、以前の様に頻繁に内山書店を覗く事はありませんが、今回内山書店を訪れた際に、偶々あの魯迅が、上海の内山書店で飲んたと云う京都宇治市の山政小山園の「玉露雁ヵ音茶」と云うお茶を売っていたので本は買わずに、この「玉露雁ヵ音茶」を買いました。
内山書店の話では、内山完造氏が上海に内山書店を開いたのが、今から百年前の1917年との事で、内山書店の開店百周年に当たる今年、魯迅も飲んだと云う京都は宇治の山政小山園の「玉露雁ヵ音茶」を特別に売り出したとの事です。
魯迅が上海にある内山書店を初めて訪れたのは1927年との事ですが、内山書店を訪れた許広平、田漢、郭沫若、矛盾等に、日本から取り寄せたこの山政小山園の雁ヵ音茶を、店主の内山完造が彼らに振舞ったとの事。それで、私も当然買った次第です。
所謂「雁ヵ音茶」は、関東では茎茶と云うとの事です。実を云えば、茎茶は別名「雁ヵ音茶」と呼ぶとは知らなかったので、この内山書店で売ってる玉露雁ヵ音茶の中身を見た時には、「何 これは玉露ではない」と思ったのですが、ネットで調べて関東等では茎茶と云い、関西では雁ヵ音茶と云う事を知った次第です。
内山書店が、開店100周年を記念して売り出した「玉露雁ヵ音茶」。上海の内山書店で、魯迅、田漢、郭沫若等も飲んだとの事。中国語で書いた「雁ヵ音茶」の入れ方の説明書も添付されています。
私は、福島の田舎で育ったのですが、私が小さい頃は実家でも茎茶を良く飲んでいた様に思います。その頃は、玉露や煎茶を飲む事は滅多に無かった様に思います。私は日本茶が好きで、特に、静岡の川根茶や八女茶等を愛飲していましたが、思えば、雁ヵ音茶すなわちクキチャを飲んだのは約40年振りの事になります。
中国人の知り合いとこの雁ヵ音茶を飲んでる時、急に田舎でその昔良く飲んでいた茎茶の事を思い出して、ネットで検索して茎茶は、雁ヵ音茶とも云う事を知った次第です。
先日偶々昆明市に行った際、昆明市内の大学で日本語を勉強している学生や中国人日本語教師や日本人日本語教師が集まる会があり、私も参加したのですが、その際この魯迅も嗜んだと云う雁ヵ音茶を先生方に振舞ったのですが、中国人日本語教師は大変感激して味わってくれました。但し、日本人教師の中に雁ヵ音茶を聞いた事はあるが、初めて飲んだと聞いた時には些か驚きました。
私は、今ボランティアで日本語を教えているのですが、その生徒達や知り合いの中国人に、この雁ヵ音茶を振舞っています。当然、魯迅もその昔上海で飲んだと云う雁ヵ音茶を飲んだ中国人は感激して味わって呉れています。魯迅は当然知ってるのですが、中には、上海の内山書店を知らない中国人も居ない訳ではありません。
最近はこの雁ヵ音茶も残り少なくなって来たので、内山書店を知らない中国人学生や知り合いには飲ませていまん。今になってもっと沢山買って来れば良かったと大いに後悔しています。