★ 幸せのおすそわけ[87]青い鳥が運んできた90のストーリー
高校の時の部活、バトントワリングのコーチの言葉で、
とても印象的な言葉があります。
私たちが引退する送別会の時、コーチが一人一人に言葉をくれました。
コーチが私にかけてくれた言葉は、
「才能はないけれど、その努力は人一倍だった」
ということです。
その前に部長をしていた子に対しては、
もしソロでやっていたら、全国でもいいところにいくだけの才能があった、と
いっていました。
(そのコーチ自身全国で1ケタに入るだけの実績を残しておられる方でした)
バトントワリングの同好会を立ち上げて、
指導者を引き受けてくれたコーチが、ミーティングでまず私たちに聞いたことは、
どんなバトンをしていきたいか、でした。
その言葉の意味すら、よく理解できなかった私たちに、
噛み砕いて説明してくれたコーチ。
私たちは「みんなでひとつのものを作り上げていくチーム」という方向性を決めたのでした。
だから、私たちのチームからソロやデュエットで大会に出たりすることはなかったのです。
ただ、バトンがやりたい!という思いだけで集まったへなちょこメンバー。
その中で、部長をしてくれた子は、小さい時からバトンを続けてきていた
数少ない経験者の子でした。
彼女の技術は他のメンバーと比べ物にならないことは、
日頃の練習のときからわかってはいましたが、
最期の最期、コーチからの言葉で、
そのレベルは、一般的に見ても高いものだったのを改めて確信しました。
一方、才能はないけど努力の人だった私・・・。
元々、運動神経も悪く、運動部並みのことを自分から好き好んでするなんて考えもしませんでした。
(学校によってバトントワリングを運動部とするか文化部とするか解釈が分かれているようです。私の学校では文化部扱いでした。)
実際、創設したのはど素人でも、翌年から入ってくる新入生は
バトン経験者がどんどん増えていき、
部活の中でも足を引っ張っていたことも多々あったと思います。
団体競技としてバトントワリングをみた場合、
メンバー全員がある程度のレベルにならないことには、
技の難易度を見直し、構成を変えなければいけません。
自分がその最低ラインになりたくない。
自分のせいで、技の難易度を落とすようなことはしたくない。
夜や朝の自主練習をしたり、
バトンと一緒に寝たりもしました。
私はしませんでしたが、足の形が悪い人は矯正するために
夜寝るときに足をしばって寝たりもしていました。
もし夜中に火事になったりして、
それで逃げ遅れたら大変だよね、と笑ったことも今ではいい思い出です。
なんてったって、体の硬いことには自信のある私が、
バトントワリングをやっていた時には、
前後開脚もでき、空中姿勢の美しさをコーチに誉められていたのですから、
やはりこれは努力の賜物なのでしょう。
それまで、そんなこと一言もいってくれなかったのに、
ちゃんとみていてくれたコーチに感謝するとともに、
「才能、なくたっていいんだ!」という強い自信になりました。
世の中、色々な分野で才能を持って生まれた人なんて、
ごくわずかだと思います。
だけど、努力さえすれば何にでもなれる。何でもできる。
それ以来、「これは私には無理」「ダメ」「できない」と思った時には、
コーチのこの言葉が私を後押ししてくれるのです。
本当に無理なの?
それともあきらめているだけ?
※ 幸せのおすそわけ:青い鳥が運んできた90のストーリーは
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