おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

雉を見ました!

2009-06-03 14:07:09 | 小田原隣接エリア
南足柄の中沼には いく筋もの川に囲まれるようにして 富士フイルムの工場が どどん と建っています。が その周辺は 田畑が広がり 「のどか~」です。

茶畑から富士フイルムの工場を眺めたところ・・・。
(足柄の丘陵地帯は 茶畑が多いのですね)
 
 

低地には田んぼが広がっています。
(田んぼは 田植えが終わったばかり。
 細い苗がなにやらウイウイシイ感じ)
 

__と ここで ・・・
 あれは 何?
 
キジです! よね?
 (編集で書き足し:↑オスの頭の部分にメスが写ってますねー)
 
でも 私が バイクを降りて 道端に立ち尽くして
4~5m先の このカラフルなキジを見てるのに
他の車 も バイク も 人 も ・・・ 止まらないんですよ。
キジの方も ピクリとも動かない。
もしかして 作り物? と思い始めたころ・・・
 
「アナタ もう 行くわよ」 みたいなかんじで
 メスが現れ・・・
 
「あ 待ってオクレ」 と言いながら(言わないけど)
 オスがその後を追って・・・
  二羽は草むらの中に消えて行きました・・・。

しばらく その場に立ち尽くしてしまったnumabeですが、
実はその後も バイクのちょい先をキジが駆けて行き・・・
「この辺じゃ キジって 珍しくないのかなー?」と思うように。。。

すごいな! キジなんか珍しくないんだよ!
きゃー めずらしくないトリなんか一生懸命見ちゃって
 恥ずかしいなあ~^▽^)あはははは (←まだまだ興奮状態)

極楽寺(南足柄)

2009-06-03 11:12:13 | 小田原隣接エリア
清左衛門地獄池のすぐ近くに 極楽寺 というお寺があり、
(地獄から極楽までが近いというのも面白く思いまして)
訪ねてみました。

こちらは 臨済宗のお寺です。

 
 
 
禅寺らしい佇まい__。

門の右手に鐘つき堂がありましたが
 これがなかなか見事で・・・
  彫刻部分をアップで撮らせて頂きました。
 
 
↑私の写真ではとてもこの まぶしさ は伝えられませんが・・・
 見上げると 屋根の裏側の細めの垂木が 仏像の光背のように見えるんですよ。
 それが彫刻を一層華やかに見せていました。。。

 
参道脇の説明版によりますと__
 このお寺を開かれたのは今川家の血筋を引く「仏満禅師」という和尚さんだそう。 大雄山最乗寺を開かれた了庵禅師は 最乗寺建立にあたって ここ極楽寺から大雄山へ通われた そうですから、、、最乗寺建立の1394年には すでにこの極楽寺はあったのですね?(最乗寺は曹洞宗のお寺ですが・・・ 同じ禅宗という事で 力を貸してあげていたのでしょうか?)

お寺の裏山には「松田尾張守(おわりのかみ)」という人の供養塔があるそうです。/ この人は豊臣秀吉が小田原を攻めた折、小田原城の弱点を豊臣方に教えた という事で 人々から 裏切り者 として悪く言われたそうです。 が、「(松田氏は)平安時代からこの土地に住んでいた豪族ですから」「戦が続くと 一番迷惑するのは農民たち」だということを「知っていました」(中略)「農民たちをすくうために行った真の心を見るべきでしょう」_ 説明板はこのように結ばれていました。
なるほどー。
 

http://www.fujifilm.co.jp/history/dai1-03.html
↑「南足柄」「極楽寺」で検索したら 富士フイルムのあゆみ という頁がヒットしました。/ 二代目の社長になる春木さん(←この春、早咲き桜「ハルメキ」を調べていて覚えた方^^)達が 工場用地として いい水といい空気のある場所 を求めて足柄にたどり着く話が載っていて 「へ~っ」 でした。/ 極楽寺は 土地の人と話し合うための会場や 契約締結の場所として登場します。

清左衛門地獄池(南足柄)

2009-06-03 07:11:29 | 小田原隣接エリア
この池の名前を地図で見つけた時 
「恐ろしげな名前だなあ」と強烈に感じたのを覚えています。
一体どんな場所なんだろう?と思ってましたが
「あやちゃんのぶらり宝探し」で 湧水の池
それも すばらしく水のきれいな・・・ と知り、
名前とのギャップにもう一度驚き、
「それは 行ってみねば!」と
出かけてみました。

あの赤い鳥居のところですね?
やー やっとたどり着いたー
(unmabe今回も 迷いまくりました・・・)

鳥居の先には 橋があり、その又先に「厳島神社」が。

神社は湧水池の中に ドドンと鎮座ましましてました。


説明板によると__
 この「清左衛門 地獄池」は 神奈川県で唯一
 「平成の名水100選」に選ばれた湧水池だそうです。
 
 
↑説明板の写真 ちょっとだけ拡大。
 神社が池の上に浮いている感じ
 私の写真ではお伝えしきれないので・・・

この説明版の他 由来の書かれたパネルもありました。
それには 「昔、清左衛門 という人が よい水源をさがしにここまで来ますと、乗っていた馬もろとも地中深く落ち込んでしまいました。そしてそこから勢いよくたくさんの水が湧きだしてきました。 それからは土地の人々が行って 「清左衛門」「清左衛門」と呼ぶと いっそう勢いよく水が湧き出してきました ・・・ 」 という この地に伝わる伝説が書かれていました。
不思議な・・・ そして少し痛ましい話ですね。
(もっとも パネルの文面は冷静で、 この人は 犠牲者かもしれないが 功労者や為政者として名前が残ったとも考えられる・・・といった内容の記述が続いていました)

この池は今も豊富に水が湧いていて 近くに「第二水源池 富士写真フイルム足柄工場」という看板も立っていました。(工業用水として使われている という事ですね)
__因みに「第一水源池」は 地図を見ると
 錦鯉遊園の上の方らしい・・・
 いつかそちらも見てみたいと思います。


お堂の西側の池__
    不思議な色です。

あの 藻のない 砂地のところから水が湧いているみたい。

「清左衛門~!」^O^)ノシ

池には魚が沢山いましたよ。

不思議な台座(?)の上に鳥の形のオブジェが・・・
と思ったら 本物のカモでした↓
(しかし これは一体何でしょうね?)
 

さて、清左衛門地獄池の隣には 弁財寺がありました。
(厳島神社がすでに弁天様を祭っているから
 これは明治の神仏分離令で建てられた物かもしれませんね?)
 
お堂の西側には・・・
 
幸運の滝(素晴らしい名前だ)が。
 
↑ペットボトルに滝の水を汲むオニイサン達

地図を見ると弁財寺の西の方に 方形の池が四つあります。
 
湧水をためるために作られたのかな?
それとも養魚場跡 とか?
見てみたかったけれど フェンスで囲まれ 近づけませんでした。
ちょっと残念でしたが
ひんやりした緑色の濃い空気の向こうに
蛍の秘密基地か何かありそうで
人間が邪魔をしない空間 もあるべきよね、
とも感じました。

この後は 近くの「極楽寺」に寄ってみることに・・・ (つづく)